第14話 1年間の修行と妹の誕生日1. 囲炉裏の夜
(アリスのモノローグ)
——人の成長は、数値では測れない側面を持ちます。
たとえばそれが、「やさしさ」と呼ばれるものなら。
けれど、私には見えています。この一年で、ジャックの魔力量は約1.6倍に向上し、制御精度も飛躍的に進歩しました。
それ以上に、彼の記録には「思いやり」や「想像力」の痕跡が増えているのです。
囲炉裏の火は、コトコトと薪の割れる音を立てながら、小さく揺れていた。
外はまだ夜。黒と藍の境目で、世界が静かに息を潜めている時間。
その囲炉裏の前に、小さな影が一人、ちょこんと座っていた。
ジャック。八歳。元ITエンジニア、今はグリム村の農家の息子、そして……ひそかに修行中の魔法の探究者。
彼は膝の上にノートを広げ、背中を丸めてページをめくっていた。
ページには、びっしりと記された小さな文字と図。整然と書かれた「魔力制御」「補助魔法の応用」「感情と魔力の関係」。そして余白に、子どもらしい絵も混じる。人型のマークとハート、なぞの動物の顔、そしてたまに登場する“アリス”という文字。
「……ふふ」
ジャックが、囲炉裏の火を見つめてふっと笑った。
隣の部屋からは、小さな寝息が聞こえる。リリィ。彼の二歳の妹であり、誰よりも大切な存在。最近、ついに「じゃっくー」と呼ばれるようになり、ジャックはこっそりガッツポーズをしたものだった。
脳内に、静かな声が響く。
『この一年で、あなたの魔力量と効率は約1.6倍向上しました。特にフォーカス・ブーストの応用範囲が広がり、無詠唱の制御も安定しています』
「でも、それよりもさ」
ジャックはページを閉じて、炎の揺らぎをじっと見つめる。
「……やさしくなれたかもな、俺」
その瞬間、火の灯りがパチンと弾け、ふとした暖かさが部屋に満ちた。
そして、場面はゆっくりと――あの修行の一年へと遡っていく。
一年間。
グレイの庵に通い詰めた日々は、想像以上にハードだった。
「感情は魔力を乱す。だが、感情は魔法を強くすることもある」
グレイの口癖の一つだ。ジャックは最初、その意味がいまいち理解できなかった。
でもある日、セーフティ・フィールドを張る訓練中。
森に迷い込んだ小動物が、いきなり彼の腕に飛びついたのだ。
驚きと恐怖が混ざり、魔力が爆発しそうになった瞬間――
「リリィなら、怖がる前に、助けを呼ぶな」
脳内のアリスの声が聞こえた。
その言葉に、ジャックの集中は一気に定まり、フィールドが奇跡的に安定した。
感情が魔力を乱す。でも、誰かを守りたいという想いが、魔力を制御する鍵になる。
それは、ノートにも大きな字で書かれた。
> 【思い出すこと:リリィはいつも、助けを求める。オレもそうしよう。】
訓練は、魔法だけではなかった。
野良魔獣の気配を感じたときの逃げ方、森の毒草の見分け方、怪我をしたときの対処法。
グレイは何かとすぐ「実地だ」と言って森へ連れ出した。
時にはゲイル父さんがついてきて、険しい表情で見守っていたこともある。
「あんまり無茶させるな」と言いたげな視線。
それでも、ジャックが自分の足でしっかり立ち、目的を持って動いているのを見て、最後は必ずうなずいてくれた。
ある日。訓練後、ジャックはこっそりと魔道具を作っていた。
妹のために。笑ってほしかったから。
完成した「ピカピカりんごのつみきタワー」は、魔法とは思えないほど単純だけれど、やさしさの結晶だった。
それがきっかけで、アリスはこんなことを言った。
『創造力は、知識と鍛錬が支えます。そして、それが誰かのためなら、さらに強くなります』
夜明けの光が、そっと家の縁をなぞっていく。
ジャックはノートを閉じ、囲炉裏にふっと息を吹きかけた。火はゆっくりと沈み、やがて静かな余熱だけが残った。
その背後。寝室から、小さな声が聞こえた。
「……じゃっくー」
「お、起きたか。おはよう、リリィ」
ジャックはにこりと笑い、立ち上がる。
今日は、彼女の誕生日。そして――
準備しておいたプレゼントが、部屋の隅でそっと待っている。
魔力の軌跡で動く、しゃべるどうぶつスライドパズル。
最初に再生されるセリフは――もちろんアリスが収録したものだ。
(アリスのモノローグ)
——魔力は、力です。
けれど、力とは本来、守るためにあるもの。
ジャックの一年は、力を育て、優しさに変える一年でした。
その積み重ねこそが、未来の創造へとつながるのです。




