第13話 師匠との厳しい修行4:実戦形式訓練
――アリス・モード起動。
学習フェーズ「実戦形式訓練」。
本日のお題は、失敗して、転んで、学び取る。つまり――「体で覚える」ってやつです。
そう、人間は、理屈だけじゃ動かないから。
* * *
「次、《セーフティ・フィールド》と《フォーカス・ブースト》と《エンライトメント》を“同時”に発動だ」
グレイの低く響く声が、苔むす庭に広がる。
曇り空の下、ジャックは眉間にしわを寄せながら両手をかざした。額には汗がにじみ、足元には無数の転倒痕――いや、「訓練の成果」とも言えない土くれの記録。
「えーっと、《セーフティ・フィールド》が先で、次に《フォーカス・ブースト》……いや、《エンライトメント》の認識補正と重なって……」
口の中で呟く彼の脳内では、かつてのプログラミングのように魔法構成のスクリプトが組み上がっていた。
言語処理、魔力回路、認知変数――すべては論理的。いけるはずだ、と。
「よし、いけっ――!」
詠唱とともに魔力が迸った……と、思った次の瞬間。
ぼごおおおんっっっ!!!
「わっぷぁあああああっ!?」
爆風。
そして、空中回転三回からの泥まみれ着地。
「……うう、目の中に土……」
「理屈だけで魔法が使えるなら、書斎の老人が世界を救ってるさ」
冷ややかに、しかしどこかに愛情を含んだ口調で、グレイはそう言った。
「お前さんは賢い。だが、魔法ってのは“実行”するもんだ。紙の上じゃなくな」
*
失敗は、一度きりではなかった。
ジャックは日をまたいで、何度も挑戦した。
魔力の出力は完璧、言葉も正確、動作も最適化されている。なのに、発動しない。あるいは暴発する。あるいは、なぜか彼のズボンだけが燃えた。
――それは、三要素の「同調」がずれていたから。
言語は正しくても、意志が揺らいでいればノイズが混じる。
動作が整っていても、イメージが乱れていれば結果は歪む。
ジャックはようやく、それが「知識」と「鍛錬」の差だと悟り始めていた。
*
夜――。
グレイの庵の裏庭には、月明かりが差し込み、静寂が広がっていた。
ジャックは、深呼吸をひとつ。両手を前に出す。
「《セイジズアシスタント》」
詠唱とともに、身体の周囲に薄い光のフィールドが展開された。
補助魔法の完成形――今の彼には、この状態がもっとも集中しやすい。
その目の前、苔の上に一粒の小石、そしてその上に花弁が一枚。
「《ガストブラスト》」
風の弾を撃ち出し、花弁だけを吹き飛ばす訓練。
花ごと飛ばしたら失敗。石を動かしても失敗。風がぶれても――失敗。
ジャックは集中する。風の軌道、力の圧、タイミング。すべてが噛み合わなければ――。
「発射……!」
すぱあっっ!!
小石ごとすっ飛んだ。
「うわああああ、まただ!」
後ろで、グレイは無言。
というか、ずっと無言。何度吹き飛ばしても、黙っている。怒るわけでもなく、褒めるわけでもなく、ただ見ている。
アリスの補助が入る。
《風弾の圧縮率:3%過剰。射線軌道、2.1度右偏差。着弾タイミング:0.12秒早い》
「わかってる……でも、どうやって……」
もう一度。
今度は、風を「押す」のではなく、「削る」ようなイメージに切り替える。
ただぶつけるのではなく、魔力の厚みを紙のように薄くして、裂くように。
「……いけっ」
すぅっ――。
風の弾が発射されると同時に、花弁がふわりと舞い上がった。
小石はその場に残り、花弁だけが月明かりの中を弧を描いて空へ昇る。
ジャックは目を見開き、息をのむ。
後ろから、かさり、と音がした。
グレイが、黙って近づいてきた。そして、手にした一冊の古びた魔道具の書を、ジャックの前に差し出す。
「……これを読め」
それだけ言うと、また無言で庵の奥へと戻っていった。
ジャックは泥だらけの手で、そっとその書を受け取る。
月明かりに照らされた表紙には、かすれた筆記体のような記号がいくつか刻まれていた。
それは、褒美でも、課題でもあった。
そしてきっと、次なる“壁”への招待状でもある。
* * *
――アリス・モード終端。
才能は、確かに重要。でもね、才能だけで魔法が完成するなら、私は要らない。
知識を持ち、努力する。そうやって、人は「本物の力」を得ていくのです。
……ああ、それにしても、泥んこになったジャックのズボン、また縫わなきゃね。お母さんが。




