第13話 師匠との厳しい修行3. 知識と技術
(アリス・モノローグ)
魔法は、生まれ持った才だけでなく、緻密な理解と制御によってこそ磨かれます。この世界には「感じろ」と言う者が多いですが、私に言わせれば、それは不正確です。必要なのは、正しく「見えるようになる」こと。その意味を、7歳の少年ジャックが知るまでのお話を、どうぞお聞きください。
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「プラズマオーブ」
ジャックの指先が弾かれたように動き、次の瞬間、手のひらの上に光がふわりと浮かんだ。小さく、美しく、透き通るような光球。ぱっと見には完璧だった。
だが、老魔法使いグレイは、火のそばで腕を組み、片眉を上げた。
「……揺れが見えねえのか?」
「えっ?」
ジャックが驚いて光球を見つめ直す。わずかに、ほんのわずかに、内部の光がぴくりと震えたような気がした。でも、それが何かは分からない。
《オーブ内部の電位差に不均衡。中心軸が0.07度傾いています》
「また、それか……」
脳内に響くアリスの冷静な声に、ジャックは小さくうめいた。見えてるのに、見えてない。光球は出せるのに、正確じゃない。どうしても、最後の一歩がつかめない。
「……目に見えない何かを、どうやって調整すればいいの?」
つぶやいたその問いに、グレイは静かに火箸を動かして焚き火をつつき、火の粉をぱちりと飛ばしながら言った。
「“感じろ”じゃなく、“見えるようにする”んだ。次、《エンライトメント》だ」
ジャックはごくりと唾を飲んだ。深呼吸。そして、詠唱。
「エンライトメント」
まるで水面に石を落としたように、視界がぐにゃりとゆがむ。次の瞬間、あたりの空気が色を帯びたように見えはじめた。
赤、青、紫……それは風でも光でもない、けれど確かに“何か”が流れている。魔力だ。
「わ……!」
思わず声を上げたジャックは、自分の体の輪郭を見る。ぼやけている。いや、魔力が漏れている。まるで水道の蛇口が全開になっているかのように、全身からだだもれだ。
《あなたは“燃費が悪い”のです。常に魔力が蛇口全開で流れています》
アリスの声が響く。それはまるで、ダメ出しのようでもあり、真実の宣告のようでもあった。
「えっ、でも……出してるつもりは、なかったのに」
ジャックの手が震える。制御できていない――自覚のないまま、エネルギーを垂れ流していた。そのことに気づいた瞬間、彼の顔から血の気が引いた。
火のそばに座るグレイが、焚き火の炎を見つめながら言った。
「……止める力も、力のうちだ」
その言葉は、やわらかい響きを持ちながらも、重く深くジャックの胸に落ちた。
才能がある。それは確かだ。けれど、出し続けるだけでは、ただの無駄遣いだ。
制御すること。抑えること。感じるのではなく、見ること。
この世界では、「すごい魔法」が使えることが強さではない。
知識と鍛錬こそが、その力を真に使いこなす鍵なのだ。
―――
(アリス・モノローグ)
視えぬものを、視えるようにする力。制御とは、己を知り、整えること。その第一歩を踏み出した少年に、私は小さく言葉を添えます。
――おめでとう、ジャック。まだ長い道のりですが、今夜、あなたは確かに一歩、進みました。




