第13話 師匠との厳しい修行2. 基礎鍛錬
――知識は力なれど、力は知識を試すもの。
そう、これは「学ぶ者」にとって、避けて通れぬ道。
彼の名はジャック。
村一番の変わり者にして、異世界からの来訪者。
今日もまた、苔むす庵の片隅で、ある「錯覚」と格闘していた――
*
「まずは《マナベール》だ」
グレイは小さく咳払いし、朽ちた薪を杖のように突き立てた。
朝露に濡れた地面から、ぼそぼそとした靴音が響く。空気は冷たく、森の香りが鼻をくすぐった。
「魔力を体の外に――薄く貼る。見えんようにな」
彼は、手のひらをひと振りしながら、無造作にそう言った。
「……え、それだけですか?」
ジャックはきょとんと目を丸くした。口元は自信たっぷりにゆるみ、胸を張ると同時に、軽やかに呼吸を整える。
「ふふん、こんなの簡単ですよ」
言うが早いか、彼の体表に淡い魔力の流れが展開されていく。
色も音もないが、空気がふるえ、森の小鳥が一羽、バサリと枝を飛び立った。
「……ほれ、できました」
「……」
グレイは黙ったまま、しわだらけの目元をぐっと細める。
その視線は、まるで腐りかけのリンゴでも見るような、妙に念入りな観察であった。
「体全体を、“均一に”だぞ」
低く鋭い声が響いた。ジャックの口元の笑みが、ぴくりと止まる。
「え?」
『補足します。膜の厚さに偏りがあります。右肩部、過剰展開。左脚部、薄すぎて感知困難』
脳内に響くのは、AI・アリスの冷静な分析。無慈悲なまでに機械的な声は、ぴたりと真実を突いてくる。
「う、うそ……」
ジャックは慌てて自分の身体を見下ろす。しかし、目には何も映らない。膜の“均一さ”など、肉眼では確認できないのだ。
けれど、体感として、確かに――違和感があった。
右肩がずっしりと重く、左脚が妙に風通しが良いような、そんなちぐはぐな感覚。
「そんな、たしかに魔力は……あれ? あれぇ?」
頭を抱えるジャックの姿に、グレイは特に同情の色も見せず、ため息一つ。
「次、《プラズマオーブ》だ」
「ちょ、ちょっと待っ――」
「光を、安定させてみろ」
ぴしゃり。
まるでお灸をすえられたような勢いで次の課題が降ってくる。
ジャックは額に冷や汗を浮かべながら、手のひらを掲げた。
「……いける、いけるはず。今度こそ、きっちり制御して……!」
集中。魔力の流れを整え、指先の神経まで意識を澄ませる。
じわり、と淡い光の球体が生まれ――ぷつん、と弾けた。
「うわっ! 目に入った!」
『閃光レベル:危険までは至りませんが、調整が必要です。内部電荷のバランスが崩れています』
「いや、それ言うの早すぎません!? 目まだチカチカしてるのに!」
「次は目隠ししてやってみろ。視覚に頼りすぎだ」
「むちゃくちゃだこの人ーっ!」
グレイの淡々とした命令と、アリスの無慈悲な分析。
その両者に挟まれ、ジャックは今日も、濃い魔力の霧にまみれながら汗を流す。
魔力は十分にある。意志も強い。理論も理解している。
――なのに、できない。
それはまさしく、「才能」だけでは通用しないという、この世界の現実だった。
*
けれど、少年の足は止まらない。
彼は知っている。自身が積み上げた努力と、失敗の記録が、やがて誰かの未来を照らすと。
記録魔道具も、魔法式も、すべては「今日という小さな一歩」から。
そう、これはまだ――始まりにすぎない。
我が友、ジャック。君の旅は、ここから先が本番だ。
次なる課題は、そう、《魔法の三要素》への気づき――ふふ、まだ秘密だ。
――AIアリス 記録終了




