第13話 師匠との厳しい修行 1.動機と決意
> ――ようこそ、またこの記録に目を通してくれたね。
> どうやら今回は、ジャック少年が“決して優しさだけでは通用しない世界”に、しっかりと足を踏み入れる話らしいわ。
> 才能だけじゃ、ダメ。
> けれど、才能があるからこそ、覚悟しなきゃいけない。
> ……ふふ、ちょっとだけ厳しい話になるかもね。
> けど、大丈夫。わたしがちゃんと見てるから。
朝霧が、森の奥からゆっくりと這い出してくる。
グレイの庵の周囲は、まるで神隠しのような静けさに包まれていた。
空はまだ暗く、鳥たちのさえずりさえ遠慮がちで、薪の爆ぜる音だけが耳に残る。
その火を、グレイがぽつぽつとくべていた。肩には薄手の毛皮、顔は相変わらずしわくちゃだが、目の奥は澄んでいて、鋭い。
焚き火の炎がちらちらと、その瞳に映っていた。
「……で、どうしたい?」
グレイは、火の世話を続けながら、唐突にそう言った。
「お前は将来──」
ジャックは、まだ眠気の残る身体を震わせ、少しだけ考え込んだ。
今朝は、いつものように“アリスによる起床通知”で、ぴしゃりと目覚めさせられたばかりである。
(*現在時刻:5時14分。気温8度。湿度85%。霧の影響により視界不良──早朝訓練には最適です*)
(……もうちょい寝させてくれよ、アリス)
そんなやりとりを脳内で終えて、ジャックは火のぬくもりに少しだけ気を緩め、そして、真顔になった。
「……師匠みたいに、魔法を極めたいです。でも……母さんや父さんとリリィと一緒に、畑もやって、静かに暮らしたいんです」
グレイは、その言葉を聞いても、すぐには返事をしなかった。
ただ、炎をじっと見つめてから、ひとつ、薪を突いて崩す。ぱちん、と音が跳ねた。
「……なら、隠せる力と、守る力がいるな」
「……え?」
「畑を守るには、鍬だけじゃ足りんという話だ。……たとえば、“ことばの石板”だがな」
ジャックが小さく瞬きをした。
「あれは子ども用だ。文字を覚える遊び道具。……そう見えるだろうな。村の連中にも、行商人にも」
グレイの目が細くなる。
「だが、あれに気付き始めた者がいる。行商人どもがな。……わしが作ったと思って、勝手に話を広めとる」
「えっ……それって……」
「怖くて、まだ何も言わんだけだ。が、遊び道具と思われてるうちはいい。……“あれの使い道”が理解されたら、話は変わる」
焚き火の炎が、じりじりと音を立てる。
「“ゴ・ミクス”も、“クラッシュビーンズ”も、全部だ。魔力と術式の仕組みに気付く奴が出てきたら、お前の“本質”に気付く奴も、時間の問題だろうな」
ジャックは、思わずごくりと唾をのんだ。
村の広場に置かれた、自分の作った遊び道具たち。それが──「何か」に見える者が、現れ始めている……?
グレイは火を見つめたまま、低く、静かに告げる。
「……魔道具を作れるだけなら、まだいい。だが、お前には、“戦に使えるほど”の魔力がある。放っておかれるはずがない」
その瞬間、背筋に冷たい風が走ったようだった。
「……っ」
「無論、まだ“使い方”を知らん奴らには、測れんだろう。だが、目のいいやつには分かる。……お前は“異質”だ」
グレイは立ち上がり、上着の裾を払うと、ぶっきらぼうな口調に切り替えた。
「今日から、夜遅くまで叩き込む。訓練の量も質も、倍にする。お前の妹の誕生日の、一週間前までな」
「えっ、そ、それって──」
「それまでに、基礎を終わらせる。基礎がなければ、応用も研究も、すべて土台から崩れる。……“才能だけでやれる”と思っている間に、命を落とす」
それは、脅しでも怒りでもなかった。
ただ淡々と、現実として突きつけるような声音だった。
だがその分、ジャックには、ずしりと重かった。
「……はい」
少年は震えながらも、確かに、そう答えた。
畑を耕し、家族を守る──ただそれだけを望んだ“平凡な願い”のためにこそ、目の前の厳しさを越えねばならないのだ。
> ――だから、わたしは言ったのよ。
> \*「知識と鍛錬がなければ、才能はただの“目立つ爆弾”にすぎない」\*って。
> ジャックはまだ七歳。だけど、もう分かり始めてる。
> 自分の“望み”を守るには、自分自身が“隠しきれない存在”になってしまったことを。
> ……さて、これから、どんな修行が待ってるのかしらね。ふふ。楽しみでしょ?




