第12話 7歳の僕と1歳の妹ちゃん4. 守ること
> 『彼はまだ七歳の少年。けれど、記憶と知識と、その小さな手に託された魔力は、時にこの世界にさざ波を起こします。
> けれど──守りたいと願った時、力の意味が、少しだけ形を変えるのです。』
> ――AIアリスの観察記録より
夜の空気は涼しく、開け放たれた木枠の窓から、小さな虫の羽音が聞こえていた。
ジャックが草を踏んで家へ戻ると、囲炉裏の火はすでに熾火になっており、ほのかな温もりだけを部屋に残していた。
リアナは、寝室の隅にしゃがみこんでいた。
布団の上には、小さな姿――リリィが丸くなって眠っている。彼女のほっぺはほんのり桜色で、細い指がぴくりと動くたび、毛布の裾がふわふわ揺れた。
リアナはリリィの髪をそっと撫でながら、声を潜めて言った。
「赤ちゃんはね、自分では何も守れないの。だから、誰かが守ってあげるのよ」
その声は、静かで、でもどこか芯のある響きだった。
ジャックは返事をせず、リリィの寝顔をじっと見つめた。
生まれたばかりの妹――まだたどたどしく笑い、転がることも、ちゃんと座ることもおぼつかない。
さっき、魔法の練習中、ほんの少し気を抜いた瞬間、"プラズマオーブ"が彼女の傍らに飛びかけた。幸いにもセーフティ・フィールドが作動していた。けれど、もしあれがなかったら――
(俺は……本当に、守る側なんだろうか?)
胸の奥に、ぐらりと揺れるものがあった。
リリィは無防備だ。けれど、それを見ている自分もまた、たった七歳の子どもに過ぎない。
守られている側で、まだ世界のことも、魔法のことも、ちゃんとわかっていない。
そのときだった。
ふと肩に、重みが乗った。
大きくて、分厚い手。それは父、ゲイルのものだった。
ジャックが振り向くと、父は相変わらず無口なまま、ただひとことだけを残した。
「怖がることは弱さじゃない。忘れることが、弱さだ」
その言葉は、やさしくもあり、厳しくもあった。
ゲイルの声には、どこか戦場のにおいがした。昔、彼が冒険者だったことを、ジャックはふと思い出す。
(怖くても、忘れなければいいんだ……)
その夜、ジャックは囲炉裏前のいつもの場所に座っていた。
机の上には、開いたノート。かつて「こんな発明があったらいいな」と書きなぐっていたその紙面に、彼はゆっくりと文字を綴る。
『魔法使用時の安全手順(家庭版)』
・対象の周囲3メートル以内に幼児がいないことを確認。
・セーフティ・フィールドを優先して起動。
・訓練時には家族の位置をアリスに確認すること。
・練習中、予期せぬ反応があれば即時中断し、記録に残す。
次のページには、もっと重たい言葉が記された。
『力の責任について』
・力は、守るためにある。けれど、それが傷つけるものになることもある。
・力を持つ者は、自分の行動に最後まで目を向けなければならない。
・「強くなる」とは、正しく使えるようになることだ。
書き終えたあと、ジャックはペンを置き、窓の外を見た。
月明かりに照らされる畑と森の境界線。その向こうには、まだ知らない世界が広がっている。
けれど今夜、彼が見つめていたのは、その広がりではなかった。
眠るリリィの無垢な笑顔と、静かに手を添えてくれた家族。
それが、彼にとって守るべき「世界」だった。
> 『強くなるって、泣かないことじゃない。
> 泣いても、考えることなんだ。』
> ――AIアリスの補足記録より




