第12話7歳の僕と1歳の妹ちゃん2.力がもたらす恐怖
> 【AIアリス・モノローグ】
> 人は力を欲します。それが武器であれ、知識であれ、自らの限界を超える手段であれ。
> けれど、真に問われるのは——その力が誰かを傷つけそうになった時、何を選ぶか、です。
早朝の裏庭には、朝露のきらめきと、小鳥たちのさえずり。
僕――ジャックは、木の根元を定位置にして、いつものように魔法の練習に集中していた。
手のひらには、ぷるんと揺れる光の玉——《プラズマオーブ》。
今日はこれを「反射させる」練習だった。攻撃ではなく、制御のため。小さなエネルギーを、正確な角度で跳ね返す術式の改良だ。
「……照準角、十二度……魔力の圧、少し下げて……よし……!」
僕の指先から放たれた青白い光球が、木片で作った反射板にあたって、ぴかりと一閃、手元へと跳ね返ってくる。
うまくいった。
「ふふん、これなら安全距離も……」
その時だった。
かすかに、足音——というより、ぺたぺたと草を踏むような音が、背後から近づいてきた。
「ん?」
振り返る暇などなかった。僕の注意は、次に放つ魔力の細かな制御に集中していたからだ。
——ふいに。
光球が、わずかに軌道を逸れた。
「……えっ?」
反射したはずのプラズマが、変な方向に流れた。魔力の線が、妙に引きつれていた。
まさか、そんなはず——
でも、視界の端に映ったのは、よちよちと歩いてくる、小さな影。
「リリィ……!?」
瞬間、僕の中で時間が凍りついた。
あの光球は、今、リリィのほうに……!
「止まれえええええ!!」
叫ぶより早く、魔力制御を切り替える。暴発を抑えるため、術式を“解体”するように命じた。
光球がふわりと揺らぎ、空気の中でちりちりと溶けるように消えていった。
——間に合った。
だけど。
「きゃっ……!」
その音に驚いたのか、リリィが尻もちをついて、地面に倒れた。
「う、うわああああん!」
泣き声が、裏庭に響き渡る。
「リリィ! ごめん! ごめん、ごめん!」
僕は駆け寄って、土で少し汚れたリリィを抱き上げた。
でも彼女は泣き止まず、顔を真っ赤にして、僕の胸を小さな手で叩いた。
「ごめん……僕が……っ、僕が、気をつけてたつもりだったのに……!」
目の前が、ぐらぐらと揺れる。僕はその場に座り込んで、リリィを抱いたまま、固まってしまった。
冷たいものが、心の奥からじわじわと染みてくる。
> (……僕が……リリィを傷つけそうになった……)
まさか。あんな小さな子に。僕の魔法が当たりそうになった?
ほんの一歩、魔力の向きが違っていたら——笑っていない未来があった?
ぶるっと、肩が震えた。僕の手も、震えていた。
> 「魔法行使時の周囲安全確認が不完全でした。再発防止のための警告記録を作成します」
> アリスの声は、いつも通り、冷静だった。
「っ、うん……うん、わかってる……!」
でも、わかってるって、なんだ? わかってて、これか?
怖い。こんなにも怖いんだ、自分の力が。
これが、守るための力?
こんなふうに、誰かを泣かせて、傷つけるかもしれないものを?
「僕、まだ……ダメだ……」
小さなリリィの体温を胸に感じながら、僕はじわっと目頭を熱くした。
あの夜、森で戦ったときは、こんなふうに手が震えたりしなかったのに。
リリィがぎゅっと僕の服を掴んだ。涙と鼻水まみれの顔で、僕を見上げてくる。
それが、たまらなく、愛おしかった。
そして同時に、たまらなく、怖かった。
——これが、「命を守る」ってことなんだ。
> 【AIアリス・モノローグ】
> 力は使うためにあるのではなく、制御するためにあるのです。
> けれど幼き彼には、まだその意味が重すぎました。
> 「強さ」とは、ただ壊さないこと。その事実に、彼はようやく気づき始めたのです。
——次は、もっとやさしく、もっと慎重に。
誰かの涙を見ないように。