第12話 7歳の僕と1歳の妹ちゃん1. 小さな命の成長
> ―記録開始。観察対象:ジャック。年齢:7歳。感情パラメータ:照れ8、責任感6、自己評価の揺らぎ2。観察メモ:…どうやら“妹の誕生日”というイベントが、彼の内部演算に大きな影響を与えているようですね。――AI『アリス』より。
妹が生まれて、もう一年経つんだ。
ジャックは囲炉裏の前で、木片に魔力を流しながらそっと独り言をつぶやいた。魔力制御は相変わらず繊細な作業だけど、今日はどうにも集中できない。ついさっき、リリィがつかまり立ちのまま盛大によろけて、母リアナの足に抱きついたからだ。顔をくしゃくしゃにして笑うその様子が、脳裏に焼き付いて離れない。
「……あんなに小さかったのに」
ふにふにのほっぺ、ぐらぐらの歯のない笑顔、よくわからない音をぽこぽこ喋るその姿。それが今では、ジャックの足をむんずと掴んで「アー、バブ!」と得意気に声を上げるほどになった。すごい。人間って、成長するんだ。
「それ、君も一年前までは同じようなものでしたよ?」
《アリス》の冷静な声が脳内で響く。ジャックは苦笑いを浮かべて手元の木片に意識を戻した。
リリィの誕生日には、何か“特別な贈り物”をあげたい。
思い立って作り始めたのは、自作の知育魔道具——名付けて《ピカピカりんごのつみきタワー》だ。
木で作った小さなリンゴ型の積み木を積み上げると、ふんわり甘い香りが広がる。それに、ひとつ置くたびに「ぴっかーん☆」「りーんご!」「たっち!」といった音声が流れるよう、魔力結晶を組み込んでいる。
「……問題は、“香り”の持続時間だな」
香りの魔力パターンは拡散しすぎると一瞬で飛ぶし、濃すぎると鼻にツンとくる。ジャックは、自作のノートを開いて数式と回路図をにらんだ。魔力量だけならとっくに完成してる。でも、妹に渡す以上は、安全で、楽しくて、絶対に壊れないものでなきゃならない。
リリィは、何も悪くない顔で何でも口に入れるのだ。魔力結晶も例外ではない。
「《セーフティ・フィールド》の内蔵設計、やっぱりもう一段階必要か……」
匂い回路を少しずらし、安全処理を二重に組む。ジャックの額には、戦場の兵士のような集中の汗が滲んでいた。
◇ ◇ ◇
誕生日の朝。囲炉裏の前には、小さな祝いの空間が用意されていた。
リアナが焼いたのは、小麦粉と甘く煮た根菜を混ぜた、小さなケーキ風の焼き菓子。丸く成形され、表面には手作りのクッキー文字で「1」の飾りが乗っている。
「お誕生日おめでとう、リリィ」
リアナの言葉に、リリィは両手をバタバタと振って、「あー!」と叫んだ。ゲイルもいつになく柔らかな表情で、小さな包みをそっと差し出す。中から出てきたのは、栗色の木で作られた、小さなリスの木彫りだった。
「……」
ゲイルは何も言わない。ただ、それをリリィの小さな手の上にのせ、少しだけ目を細めた。
そして、リリィはその手に握ったリスを見ながら、ぷるぷると体を揺らし、ぐいっと腰を上げた。
「――たっ、立った!?」
「リリィ!」
リアナの叫びとともに、その場がぱっと明るくなった。リリィはほんの一瞬、自力で立ち上がったのだ。ふらふらしてすぐに座り込んでしまったけれど、その顔はにこにこと輝いていた。
「……つよいなぁ、リリィ」
ジャックは少し照れながら、用意していた包みを差し出した。小さなリボンで結ばれたそれを、リリィは迷いもせずに掴み、ぽんっと床に投げた。
「いや、壊さないで!? ……うん、大丈夫な設計だけど!」
中からころりと転がったのは、りんご型の積み木。
ひとつ手に取ると、「ぴっかーん☆」という音と共に、かすかなリンゴの香りがふわっと広がった。
リリィはくすぐったそうに笑って、その積み木をもう一つ、そしてもう一つと手に取っていく。小さな手が、不器用ながらも何かを積み上げようとしていた。
その姿を見て、ジャックは、胸の奥にふっと灯るものを感じた。
「この笑顔を、僕が守りたいんだ」
言葉にした瞬間、少しだけ、心が震えた。
ただ可愛いだけじゃない。守るべき存在。自分の力で、傷つけてしまわないように。自分の力で、誰かを助けられるように。いつかきっと――。
> ―記録終了。感情パラメータ:責任感+2、照れ+1、決意+3。対象“リリィ”に対する愛着指数、上昇傾向。……うふふ、いい兄になりそうですね。次の記録が、楽しみです。――AI『アリス』