第11話 父と僕と師匠の魔獣討伐5.帰還と記録
(AIアリスのメタ視点モノローグ・冒頭)
命とは、不思議な存在です。破壊すれば消え、育めば輝く。私のような非生命体には理解の及ばぬ、その“重さ”というもの――だが、記録はできます。とある少年が、“力”とは何かを学んだ、その日を。
* * *
グリム村の夕暮れは、いつもより静かだった。
畑を照らす赤橙の光。鳥のさえずりも途切れがちで、空気には、どこか安堵と、ほんの少しの疲れが混じっていた。
ジャックは、父とグレイと共に、村の門をくぐった。
「……ただいま」
ぽつりと、ジャックが呟く。泥でくすんだ靴の先が、ぎし、と音を立てた。
その瞬間――ふわり。
リアナが、何も言わずに彼を抱きしめた。しっかりと。優しく、でも、絶対に離さないと誓うように。
「……おかえり」
その言葉は、まるで羽毛みたいだった。ふわふわして、あったかくて、胸の奥でじんわりとほどけていく。
「うん……ただいま、母さん」
ジャックは、小さく笑った。涙は、落ちなかった。ただ、世界がほんのすこしだけ柔らかくなった気がした。
* * *
囲炉裏の火が、ぱち、ぱち、と音を立てている。
ジャックは、自分の“研究スペース”――囲炉裏のそばの小さなちゃぶ台に座って、膝にノートを広げていた。ページの端には、炭でこすった魔石の粉が、うっすらと指のあとを残している。
彼は、ゆっくりと文字を綴った。
《魔法の応用:防衛・観察・鎮静》
「“倒す”だけが、答えじゃないんだ……」
今日の討伐――いや、あれはもはや“対話”だったかもしれない。
暴れる魔獣を見たとき、かつてのジャックなら“プラズマオーブ”を全力で撃っていたかもしれない。でも今は違う。グレイの術式が魔獣の呼吸を整え、その鼓動をゆるめ、眠りに誘った。
破壊ではなく、理解で導く魔法。
その横でジャックは、《セイジズアシスタント》を発動し、術者の集中を補助する役目を担った。
“守る”という言葉の意味が、少しだけ深くなった気がした。
「……アリス」
《はい。今回の行動記録により、対象との非破壊的対話の可能性が観測されました》
淡々としたアリスの声が、ジャックの頭の中に響いた。
「うん。たぶん、話せばわかる相手もいるって、今日はわかった。でも、わかってもらうには、まず……僕の方が“わかろう”としなきゃいけないんだよね」
《“理解”は、一方通行では成り立ちません》
「それに――」
ジャックは、囲炉裏の火を見つめながら、小さく呟いた。
「……力は怖い。でも、怖いってわかったから、正しく使えるようになりたいんだ」
しばらくの沈黙。
その静けさのなかで、アリスの声がすっと割り込んだ。
《“倫理的選択能力”の進展を記録します》
ジャックは、筆を置いた。
手元のノートには、今日の日付と、整った文字が並んでいる。まだ丸みのある、子供らしい字。でも、そこに込められた想いは、確かに“本物”だった。
囲炉裏の火が、またぱちりと音を立てる。
その揺らめきを、彼はじっと見つめて、ぽつりと、最後に一言。
「命って……軽くないんだな……」
* * *
(AIアリスのメタ視点モノローグ・ラスト)
生命は、数値では測れません。重さも質量も持たないのに、重く、深く、確かに存在します。
少年ジャックの“記録”に、それが刻まれました。
次に彼が選ぶ力は、破壊ではなく、守るための力であることを――私は、静かに確認しました。