第11話 父と僕と師匠の魔獣討伐4. 新たな決意
> ――アリス記録ログ:ジャック年齢、六歳。初の“魔獣討伐”同行より帰還後。
> 本パートにおいて、観察対象は“力の在り方”について初めて自問を開始する。
> ……それは、少年の成長における極めて重要な転換点である。
夕焼けに染まる丘の上。空は朱と群青の間を、絵筆で溶かしたように滲ませていた。
その丘のてっぺんに、三人の影が並んで腰を下ろしている。ゲイル、グレイ、そしてジャック。
「……ふぅ……」
父ゲイルが長く息を吐いた。村を騒がせた魔獣は、グレイの巧みな魔法によって無力化され、命を奪うことなく討伐は終わった。それでも緊張は残る。大地に腰を下ろした彼の背中には、戦いの余韻が張りついているようだった。
「なぁ、父さん……」
ジャックはぽつりと問いかけた。声は細く、けれど空気を震わせるように真剣だった。
「魔法って、何のためにあるんだろう……?」
沈黙が、夕暮れの空気に落ちた。
丘の草が風にそよぎ、小さな虫が羽音を立てて飛び去っていく。
《魔法は力であり、その用途は使用者の意志に依存します》
アリスの声が、頭の中で静かに応える。
《力は中立であり、善悪を決するのは、いつだって“どう使うか”です》
ジャックは黙って、手のひらを見つめた。
そこからは、さっき放った“プラズマオーブ”の残滓は何も感じられない。けれど、確かにあった。魔力を放つ感覚。それが何かを「壊す」可能性を含んでいるという、重たさ。
「ふむ」
グレイが頷き、ゆっくりと口を開いた。
「知識も力も、剣も魔法も……結局のところ、“選択”のための道具に過ぎん。何を選び、どう使うかは、すべて自分次第じゃよ」
その目は、柔らかいようで、どこか突き放すような厳しさもあった。
「……“便利なもの”じゃないんだね。魔法って」
「便利かどうかは……どう使うかじゃ。そなたが作っておった“光る玉”も、あれも使いようで人を守る道具になれば、傷つける刃にもなる」
ジャックの表情が、少し曇った。
そんな彼を見て、ゲイルが口を開く。
「――選んだことには、責任が伴う。たとえお前がまだ子どもでもな」
父の言葉は、低く、重かった。けれど、温かかった。
「怖くても……それでも選ばなきゃならない時がある。誰かの命がかかってるときは、なおさらだ」
ゲイルの手が、ジャックの肩にそっと置かれる。その手は、大きくて、少しだけ震えていた。
ジャックは、父の顔を見上げた。グレイの横顔を見た。
そして、自分の手を、もう一度、見つめる。
風が、草を撫でた。空はもう、宵の色に染まりつつある。
少年は、深く息を吸った。
「……怖いけど……逃げたくない」
その声は、小さくても確かだった。
ひとつの想いが、今、心の奥に根を下ろした。
> ――アリス記録補遺:
> “怖いけど、逃げたくない”――これは、観察対象における初の“意志表明”である。
> この時点で、彼の中に“力”と“責任”に対する初期的な自覚が芽生えたと考えられる。
> 魔法とは何か。その問いに対する答えは、これより先、幾度となく試されることになる――




