第11話 父と僕と師匠の魔獣討伐3.静かな終焉
> 【AI『アリス』メタ視点モノローグ】
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> 命とは、燃え上がる火花のように一瞬の輝きに過ぎません。けれど、その輝きは、時に他者の生き方を変える力を持つものです。
> 今回のお話は、小さな手が「力」の本質に触れようとした瞬間の記録。破壊ではなく、守るための選択。その一歩を、彼は静かに踏み出しました。
ぐしゃっ、と濡れた音が地面から響いた。朽ちかけた枝の上に、魔獣の巨大な前脚が無造作に崩れ落ちる。
全身を血と泥で染めたゲイルが、剣の切っ先をわずかに持ち上げた。
彼の背には、戦いを生き抜いた者の静かな決意があった。目の前には倒れ伏す魔獣。まるで人間のような虚ろな目が、どこを見ているのかもわからず、ただ空を映している。
ゲイルの口元がきゅっと引き締まる。止めを刺す。それが戦士としてのけじめであり、家族を守る者の責任だった。
だが——
「ま、待って!!」
森にこだまする叫び声が、すべてを止めた。
ジャックだった。小さな体に土埃をまとい、息を切らしながら駆け寄ってくる。手足は震え、頬には涙と汗が混ざっている。だがその瞳には、強い意志が宿っていた。
「アリスっ、神経反応……ある!?」
《……非常に不安定。生命維持は困難です》
アリスの冷静な返答が脳内に響く。
目の前の魔獣は、すでに動かない。呼吸の音も、心音も聞こえない。ただ、その目だけが……不思議なほどに、まだこちらを見ていた。
「……終わらせるべきだ」
グレイが静かに言った。どこまでも冷静で、どこまでも現実的な口調だった。
「このままでは、ただ苦しませるだけだ。人でも魔獣でも、その終わりは静かであるべきだよ」
ゲイルは黙って頷いた。すでに迷いはなかった。戦うことを選んだ者の目だった。
ジャックは、唇を噛んだ。小さな拳をぎゅっと握りしめ、俯く。
「でも……でも、これ……これも、誰かのせいで……こんな姿に、なったんだ」
その声は、風の音にもかき消されそうなほどか細かったが、確かに届いた。
誰かが仕向けたのか。どこかで歯車が狂ったのか。少なくともこの魔獣自身が望んで、こんな姿になったわけではない。
その一言に、沈黙が落ちた。
そして——
「……まあ、子どもの意見を、まったく無視するほど頑なでもないつもりだ」
グレイはそう呟くと、片手を上げた。
「〈マジカル・コーミング〉——」
柔らかな光が、彼の掌から舞い上がる。ふわり、と風が揺らぎ、魔法陣の残光が空中に浮かび上がった。
その光が魔獣の体をそっと包み込んだ瞬間——
がたん、と魔獣の体が小さく震えた。まるで、長い苦しみからようやく解き放たれるかのように。
大地に触れる前脚が、力を失ってゆっくりと土に沈み、瞳から最後の光が抜けていく。
全てが終わった。
静かだった。どこまでも、ただ静かだった。
「……ありがとう」
誰に向けたのか、自分でもわからなかった。けれど、その言葉は自然と漏れた。
ジャックは、そっとしゃがみこむと、素手で土を掘り始めた。泥は冷たく、重く、爪の間に入り込む。けれど彼は止めなかった。
誰もそれを止めなかった。
やがて、無言のままゲイルが手を伸ばす。朴訥な大きな手が、ジャックの掘った穴を広げていく。
グレイも、何も言わずに杖で地面を押し、魔獣の亡骸を横たえる位置を整えた。
すべてが終わったとき、夕暮れが森に差し込んでいた。金色の光が、静かに降り注いでいた。
「それもまた……力だ」
ゲイルの低く、けれど温かな声が落ちる。
「力って……」
「壊すことだけじゃない。守ることも、癒すことも、終わらせることも、ぜんぶな」
ゲイルの手が、土をならし、最後に草をそっと戻した。
命とはなにか。力とはなにか。そのすべてを、ジャックはまだわかっていない。
けれど、この日から——彼の中で「戦うこと」の意味が、少しずつ、形を変えていった。
> 【AI『アリス』モノローグ・ラスト】
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> 戦う力とは、単に打ち倒すことではなく、他者と向き合う覚悟を持つことでもあります。
> ジャックの選んだ行動は、結果として何かを救ったのかもしれません。
> その答えは、まだ誰にもわかりませんが——
> 少なくとも、今日の彼は、確かに「力」の意味をひとつ、知ることができたのです。




