第10話 文字を覚えるための魔道具4. 学び合う未来へ
> *【AIアリス記録ログ・冒頭】*
> 「学びは個人の資産にとどまりません。他者と分かち合われた瞬間、それは“社会の知”となります。今回の観測対象――転生者ジャックの行動は、知識の社会的拡張という観点において、特筆すべきものでした」
グリム村の広場の一角、子どもたちの笑い声が陽の光に弾けていた。木製の魔道具――「ことばの石板」のまわりに、村の子どもたちがぐるりと集まり、真剣な顔でパーツをはめ込んでは、ぴかりと灯る光に歓声を上げる。
「……あっ! 当たった!」
「ララ、すごい! 今度は“り”にしよう!」
「それ“れ”だよ~。下の丸がちがう!」
声を弾ませるララの隣では、年下の子が眉をしかめて必死に板とにらめっこしている。その様子を、少し離れた木陰から見つめていたのは、ジャックとその母・リアナだった。
リアナは優しく微笑みながら、ふと息子の横顔に目を向ける。
「……お兄ちゃんになっただけじゃなく、先生にもなったのね」
ジャックは少し照れたように口元を歪めた。
それは、照れでもあり――誇らしさでもあり――少しだけ、不安でもあった。
夜になっても、その光景はジャックの胸の内に残っていた。
囲炉裏の前、赤く揺れる火の明かりを頼りに、ジャックは自作のノートを開くと、丁寧にペンを走らせる。
「応用魔法:教育補助系――記録開始」
背筋を伸ばして書いたその一文には、昼間とはまた違った真剣さが宿っていた。
ジャックの脳内に、冷静な声が響く。
> 「今回の開発は、社会的価値の拡張に該当します。重要度上昇を提案します」
「いいよ。でも、これは研究じゃなくて……未来への贈り物だ」
その言葉に、アリスの声が一拍遅れて沈黙した。
データには収まりきらない“あたたかさ”が、ジャックの言葉には込められていた。
翌朝。朝霧の残る丘の上に立ち、ジャックは草を踏みしめながら広場を見下ろしていた。
ことばの石板は、今日も子どもたちの中心にあった。昨日よりもにぎやかで、笑い声の密度も濃くなっている。
「教えられるって、すごいことだな……」
ぽつりとつぶやいたその声は、まだ幼さを残しつつも、どこか大人びた響きを持っていた。
> 「次の目標は?」と、アリスが問う。
ジャックは腕を組み、ほんの少しだけ考え込んでから、ふっと口角を上げた。
「そうだな……“読む”だけじゃなく、“書ける”ようにもしたい」
アリスは、軽やかな電子音のような口調で答える。
> 「教育用魔道具群、シリーズ化の可能性を記録します」
「誰かの“できた”の先に、もっと楽しい世界が待ってるって……信じたいんだ」
朝日が昇り、光がジャックの髪を金に染める。
その瞳には、昨日よりも少し広くなった“未来”が映っていた。
> *【AIアリス記録ログ・末尾】*
> 「一人の知が、他者へとつながり、さらに多くの“できた”を生み出していく。これは情報の伝播と学習の拡張モデルにおける初期成長段階です。……観測対象ジャックの行動には、教育的未来の萌芽が確認されました」




