第10話 文字を覚えるための魔道具3. 製作と試作
> 【アリス/記録開始】
> この段階における彼の行動は、技術的挑戦というよりも、むしろ感情と発想の融合体である。
> それは彼が「知識をひとり占めせず、他者と分かち合う」ことの意味を、初めて理解し始めた証左である。
> ――さて、今回はなかなか愉快な試行錯誤の連続だったようですよ?
***
「うーん、木の目がまたズレた……」
囲炉裏の前、ジャックの小さな手には、削りかけの木片と鈍く輝く鉱石のかけら。そして彼の足元には、見事に“失敗”したパーツたちが山のように積まれていた。
「もう……二十個目だぞ、これ」
ふてくされたように唇をとがらせ、ジャックはノミを構え直した。
今回の彼の挑戦は、「遊びながら文字を学べる魔道具」をつくること。妹リリィのために作ったガラガラの改良経験と、村の子どもたちの「字が読めない……」というつぶやきが、彼の心に火をつけたのだ。
「えーと、『あ』の穴にはこの形の……あれ? また入りにくい……」
木片を削っては試し、彫っては削る。素材には村のゲイル(父)が割って干してくれたブナ材を使用。魔力伝導率はあまり高くないが、加工性は抜群。
「ノミって、こんなに難しかったっけ?」
もとはITエンジニア。ドライバーとハンダごてには慣れていても、ノミと木槌はまだおっかなびっくりだ。
それでも、少しずつパーツは形になっていく。
「『あ』と『い』と……これは『う』。……よし、今日はここまでにしよう」
日が沈むころ、ジャックは完成した数個の“文字パーツ”を眺めながら、深いため息をついた。削り出された木片の裏には、ごく小さな魔力触媒結晶が埋め込まれている。触れた瞬間、持ち主の微細な魔力が流れ、魔法回路と接続される仕組みだ。
「難しいのは、こっからだな。どうやって“正しい組み合わせ”だけ光らせるか……」
ジャックは脇に転がした“本体板”の穴に、そっと文字パーツを差し込んでみた。
「カチッ……」
その瞬間、小さな光がぽっ、と浮かんだ。
「よっしゃ、点いた! プラズマオーブ、回路正常!」
嬉しさのあまり、彼はつい拳を握った。
この魔道具の仕組みはシンプルだ。正しい文字パーツを正しい穴に差し込むと、内部の魔法回路が通電し、光球――プラズマオーブがふわりと現れる。誤ったパーツには何の反応もない。ただの“無反応”。エラー音も、否定の表示もない。
「失敗しても怒られない道具。……うん、リリィでも使えそうだし、ララたちも遊べるはず」
ジャックの脳裏に浮かんだのは、妹の笑顔と、広場ではしゃぐ子どもたちの姿。
「……いいかも、これ」
***
数日後。
グリム村の広場の隅。ジャックがこっそり設置した「ことばの石板」は、最初、誰にも気づかれずにぽつんと立っていた。
幅広の木の板に、整然と並んだ三十の“文字穴”。その隣には、ぴったりとはまる形の文字パーツが並んでいる。形は、異世界風にアレンジされた“ひらがな”をベースにした、シンプルで覚えやすいものだ。
最初に見つけたのは、ララだった。
「これ、なぁに?」
興味津々の顔で近づき、穴のひとつにパーツを入れてみる。
「……あれ? 光った!」
ぽん、と小さな光球が現れる。
「当たったーっ!」
彼女の歓声に、周囲にいた他の子たちも集まりはじめた。
「え、なにこれ!」
「俺もやる!」
サミーが飛びついて、いくつかのパーツを組み合わせてみる。
「さ、さ、み……で、最後が“ー”? ねーよそんな字!」
「サミー、“い”を使えば『さみ』になるよ!」とララが助け舟。
サミーが「い」をはめ込むと、光がふわり。
「おおーっ! できた! おれの名前だ!」
ジャックは少し離れた木陰から、その様子をそっと見つめていた。
(なんだ、これ……めっちゃ楽しいな)
自分が作ったものを、誰かが使って笑っている。それだけなのに、胸の奥があったかくなる。
「……知識って、渡すと、こんなに面白いのか……」
ティルが緊張した様子で前に出てくる。
「えっと……て……ぃ……る」
ゆっくりと、手元のパーツを選び、一つずつ穴に差し込む。
ぽんっ。
透明な光球が現れ、周囲の子たちから拍手が起きた。
「すごいっ、ティル!」
「ちゃんと自分でできたじゃん!」
ティルは耳まで赤くしながら、はにかんだ笑顔を見せた。
その瞬間、頭の中にアリスの声が響く。
> 「感情変化確認。集団学習は、感情強化と記憶保持に好影響を与えています。とても効率的です、ジャック」
ジャックは静かにうなずいた。
「誰かの“できた”って顔……なんか、すげぇ嬉しいな」
彼はまだ六歳の少年。でも、知識と魔法と、人のつながりをめぐる冒険は、もう始まっていた。
> 【アリス/記録終了】
> 魔道具の設計、制作、実装、そして運用まで。すべてにおいて、彼の行動は“他者を思う”という一点に集約されていた。
> 次に彼がこの経験を、どこに活かすのか。それは――未来の話。
> でも、今日という日は、きっと忘れられない一日になるでしょう。




