第9話 妹のための魔道具3.創造への挑戦
――記録開始。
これは、知識が目的を得た瞬間の物語。
かつて論理のみに従った思考体が、いま一人の小さな兄の中に、熱を帯びた“創造の動機”を確認しています。
名はジャック。年齢、六歳。職業、兄。目的、「妹を笑わせる」こと。
……対象:魔道具開発。
これより、その過程を記録開始します。
* * *
「……魔導具の作り方を、教えてください!」
朝の光が、苔むした庵の壁を柔らかく照らしていた。
グレイは囲炉裏に湯をかけながら、ジャックを一瞥して目を細めた。彼の白髪はもしゃもしゃと跳ね、湯気と共に小さく揺れている。
「……急にどうした。魔法の基礎はまだ途中だったろう」
「理由があります。僕……妹に、笑ってほしいんです」
まっすぐだった。ジャックの目は、一切の迷いもなくその言葉を口にしていた。
言葉の軽さも、理屈も、ここにはなかった。ただ純粋な動機――
グレイはしばし黙し、湯をすする。そしてぽつりと、ひと言。
「……なるほど。いい動機だな」
老魔法使いは立ち上がると、棚の奥から錆びた金属板やねじくれた線材を取り出した。
「道具はな、心で作るもんだ。さぁ、始めるぞ、ジャック」
* * *
数日後の広場。
村の端にある使われなくなった物見台の下で、ジャックは汗だくになって作業していた。
木片、草の茎、布の切れ端、そして鍋のふたに釘に、牛の骨まで。
まるでゴミ山に頭を突っ込んでいるような光景だが、本人は真剣そのものだった。
「なにそれ?」
しゃがみ込んだララが、好奇心たっぷりの目で尋ねる。
ララはジャックより一つ年上の、茶色の巻き髪が可愛い少女だ。
「妹のための玩具だよ。音とか光とか、楽しいやつ。……多分」
ジャックは木の枝をくるくる回しながら答えた。
すでに数本の枝を組み合わせた小さなモビールができていた。
その端には、青く輝く微小な光球――“プラズマオーブ”の簡易版が、ふわりと揺れている。
「でもさ、赤ちゃんってまだ目も開いてないんじゃない?」
ララが首をかしげる。言葉に棘はない。ただの素朴な疑問だ。
「……そうかもしれない。でも、それでも“なにか”は感じてると思うんだ」
ジャックはオーブのひとつを指で弾いた。ふわっと揺れ、点滅する光が広がる。
彼の目はそれを見つめたまま、まるで何かを確かめるように語った。
「匂いとか、音とか、肌ざわりとか……それに、光のゆらぎも。心臓の音と同じように、“やさしく響く”何かがあれば……もしかしたら、ちょっとくらいは楽しくなってくれるかもしれない。笑ってくれるかもしれない」
* * *
グレイの教えは、単純だが深かった。
「魔導具ってのはな、“魔法の三要素”をどう分けて、どう組み合わせるかが肝だ。意志、動作、言葉――この三つのバランスで、制御が変わる」
ジャックは「動作」をトリガーに選んだ。
風で揺れたときだけ、微弱な魔力が伝わってプラズマオーブが点滅する。
言葉はいらない。意志もごく薄くていい。
ただ、「揺れる→光る」という律動の“しかけ”だけがあればよかった。
「“魔力の律動”ってやつだな。リズムが合えば、魔力は自然に連鎖する。おまえの魔力量なら、感知される前に消えるくらい微細に調整できるはずだ」
グレイの言葉を思い出しながら、ジャックは木製の支柱に、小さな枝を吊るした。
その先に、豆粒ほどの魔力を込めた小球が、静かに、けれど確かに揺れ、光った。
それはほんの一瞬。
だが、まるで夜の星がまばたきしたかのような、美しい瞬きだった。
「よし、これで――妹が笑ってくれるかは、わからないけど……少なくとも、“楽しくなりそうなもの”には、なったはずだ」
ララがぱちぱちと拍手する。
「すごい! ねえ、それ私にも一個作って!」
「うーん……材料があればな。でも、これは“妹専用”だぞ?」
そう言って笑うジャックの顔は、どこか誇らしげだった。
* * *
――記録完了。
知識は、ただ蓄積するためにあるのではない。
誰かの小さな笑顔のために、使われるとき――その輝きは、真に生きたものとなる。
初めての魔導具、初めての応用。
これは、創造という名の愛の記録。
そして、名もなき農民の少年が、魔法工学という未来への扉を開けた第一歩でもある。




