第81話 急激な生徒増加1. ギルドマスター
――ねえ、聞こえてる? 今回の話、ちょっとだけ“危機感”が漂うのよ。
もちろん爆発とか陰謀とかじゃないの。もっと静かで、じわじわ広がる――でも確実に、現場を揺るがすタイプの“波”よ。
舞台は、いつものヴェルトラ魔法学校。
朝の光が、例によって優雅に差し込んでるわ。紅茶の香りが似合うあの応接室。
でも今日の訪問者は、ちょっとだけ、空気を変える人。
ギルドマスター・ルドルフ=エルゼン。
知的で温厚、政治的にも魔法的にも頼れるおじさまよ。
彼が何を持ってきたのかって?
それはね、「いよいよ来たか」という提案――ってわけ。
さあ、見てみましょうか。現場の空気。
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柔らかな陽光が斜めに差し込む、ヴェルトラ魔法学校の応接室。
壁面に埋め込まれた魔力制御装置が、静かに気温を保っている。
この部屋に入ると、時間までゆっくりになるような錯覚すら覚えるほどだ。
「久しいな、グレイ」
低く穏やかな声が、扉の前で響いた。
立っていたのは、ルドルフ=エルゼン。
ヴェルトラ魔法ギルドのマスターにして、石壁都市の顔役でもある男だった。
その手には杖ではなく、革の小型カバン一つ。身軽すぎて逆に怖い。
「ようこそ、ルドルフ。……何かあったのか?」
出迎えたグレイは、柔らかな笑みを浮かべつつも、相手の顔色を見逃さなかった。
挨拶と同時に、空間の魔力を微かに流し、椅子のクッションをふわりと整える。
「ありがとう。すぐに本題に入るが……最近、各地で魔力の暴走例が増えている」
椅子に腰を下ろし、ルドルフはすぐに声を落とした。
グレイもそのまま着席し、無言で続きを促す。
「特に、石壁都市周辺では顕著だ。問題なのは、いずれも“幼い子ども”だという点だよ」
「……暴走の自覚は?」
「ない。ほとんどの場合、感情の起伏によって唐突に発現し、周囲の人間が危険を感じるまで、本人は“何が起きているのか”すら理解していない」
グレイの眉がぴくりと動いた。
ルドルフは続ける。
「このまま放置すれば、いずれ“爆発”が起きるだろう。
何も制御を知らぬ子どもたちが、ある日突然、力を暴走させる……これはもう、“もしも”ではなく“いつ起こるか”の段階だ」
静かな口調だったが、そこに込められた重みは決して軽くなかった。
「君のところの魔法学校……特に“リンク・システム”を使った実践教育は、もはや唯一の頼みの綱だ。
だから、提案がある。幼年クラスの設置を、正式に考えてくれないか?」
ぴたりと空気が止まる。
ルドルフの視線は真っ直ぐ。
その奥には、「政治的な打算」ではなく、「現場で起きている危機への焦燥」が見え隠れしていた。
「……確かに、街中でそうした兆候は聞いている。
うちでも先日、登録なしでマギア・アークに引っかかった子がいた。まるで自覚なしだったよ。
親御さんも“遺伝だろう”と笑っていたが……笑えないな」
グレイの口元が、わずかに引き締まった。
「ありがたい提案だ。……私からも、まずジャックに話してみよう」
「そうしてくれると助かる。君たちの力でしか、これを回避する手立てはないと思っている。
……正直、今の我々の魔法制度では、こうした“早すぎる才能”を包むには脆弱すぎる」
そう言って、ルドルフは立ち上がった。
用件は、それだけ。にも関わらず、十分すぎる重みがあった。
「グレイ、早めの判断を期待している」
「任せてくれ。……私たちも、そろそろ“次の地盤”を整える頃合いかもしれんな」
言葉を交わし、ふたりの魔法使いは微かに笑い合った。
けれど、その瞳の奥にあったのは、“懐かしい未来”などではない。
今この瞬間を生きる者たちが、自らの手で“整えねばならぬ明日”の重みだった。
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――さあ、どう思う?
才能は祝福でもあるけど、放っておけば“危うさ”にもなる。
それを教えるのは、経験者の役目よね。
この話は、単なる「子どもが増えるよ!」ってだけの喜劇じゃない。
「増えること」が意味する“責任”と“支え方”の話でもあるの。
次回、いよいよジャックとカタリナが動き出すわよ。
新しい教室? それとももっと根本的な……?
――お楽しみにね。ふふっ。