第80話 知の向こう3. ヴェルトラ魔法学校
地下実験区画の一室。魔導灯の灯りは弱く、壁一面に投影された魔力の波形グラフだけが、空間にゆるやかな揺らぎを生んでいた。透明な立体映像が空中に浮かび上がり、さながら“生きた魔力”がそのまま可視化されたかのようだった。
映像の中心には、何層もの干渉波が重なり合い、赤く脈打つ線が混じっている。それは、明らかに外部から流入した魔力。ヴァルトゼン王国由来のものである可能性が高かった。
「ここ、波形の振幅が不自然に跳ねてる。短時間だけど、明確に干渉してるわ」
クロエ(13歳)は、空中のグラフに指を伸ばしながら言った。鋭い視線の先には、赤い線が瞬間的に強く波打つ箇所があった。
「それ、こっちの魔力域を確かめてるんだと思う。反応が返るかどうか、測ってる」
ノア(12歳)は、端末に打ち込んだ数式の応答から、安定成分の変動パターンを抽出しながら答えた。冷静な声には、確信が混じっている。
「たぶん、広域偵察型の探査魔法。構造はそこまで複雑じゃない。でも、タイミングを変えて断続的に送ってきてる」
エラ(11歳)は魔導板を抱えて、構造式の展開図を並べていた。どこか楽しそうに、干渉魔法の仕組みに見入っている。
三人の目の前に浮かぶ立体映像では、魔力の層が緑、青、紫と重なりながら動き、赤の線だけが異質な干渉を示していた。その波形は、ヴェルトラ周辺の複数地点に周期的に現れている。
「防御結界で弾くだけじゃ、不十分かもしれない。こうして潜り込んでくるなら、むしろ——」
クロエが言いかけたところで、ノアが続きを引き取った。
「特定と予測が鍵になる。構造を見抜いて、次の波形を先に読めれば、反応する必要すらなくなる」
「わたし、もう少し構造をばらしてみるね。変換式の規則性、ちょっと面白いかも」
エラはそう言いながら、手元の魔道具を調整し始める。記録された魔力情報を演算装置に通し、再現パターンを解析にかける。
ノアは、魔力変動ログの長期記録を眺めながらつぶやいた。
「……データが蓄積されれば、傾向は見える。外から来るものをただ遮るんじゃなくて、流れを読む。追跡より、防護の先を見たい」
その言葉に、クロエもエラも自然とうなずいた。
防ぐことはもちろん重要だ。しかし、動きの先を見通す“知”があれば、防がずとも備えることができる。
立体映像の赤い線は、またひとつ、小さな波を打って消えていった。
それを見ながら三人は、静かに、次の手を探っていく。
未来を決めるのは、誰かの力ではなく、積み重ねられた知識と選択の重なりだ。
今、この地下の空間で、その“知の向こう”へと続く道が、ひとつずつ形になろうとしていた。