第79話 交易の影に潜むもの2. 静かな出迎え
(AIアリスの語り)
ねえ知ってた?
表の商人が運ぶのは絹や香辛料、でも、裏を流れるのは――疑惑と視線。
はいそこ! おやつつまみながら読み始めない。
今から始まるのは、“静かなる侵入者”の足音。
耳を澄まして? ……この静けさ、嵐の前のアレです。
―――――――――――――――――――――――
ヴェルトラ魔法研究所の地下、監視制御室。
部屋は密やかに稼働音を響かせていた。
シュウゥゥン……と、低く魔力駆動の音。
明滅する制御板の光が、天井に揺れる。
その中心で、ノアが無表情のまま、ホログラフ状に展開された魔力波形を見つめていた。
「この魔力……擬態されてる。けど、構造が粗い」
静かに、でも明確に言い切るノアの声に、空気がぴりりと引き締まる。
背後から身を乗り出したクロエが、眉をしかめながら表示を覗き込んだ。
「うわ、これ重ねただけの偽装じゃん。マネキンに布かぶせたレベル。バレて当然」
ぺしぺし、と指先で波形をなぞりながら、気軽に突っ込む。
エラも端末をいじりながらつぶやいた。
「これ、異国製の“旧式マスキング魔法”じゃないかな。オルネラじゃまず見かけないやつ」
その言葉に、研究所内の面々がざわつく。
警報は鳴っていない。だが、マギア・アークが示した赤光の警告は、本物だった。
「ふむ……」
モニターの隅に表示された対象情報に、グレイがあごをさすりながら小さくうなった。
それは、ただの交易商人の名だった。
「……エリューディア王国方面の商隊だな」
視線を交わしただけで、全員に意図は伝わった。
「交易品に偽装して、魔力探査用の魔道具を潜り込ませてる……ってところ?」
クロエが言いながら肩をすくめる。
「稚拙っていうか……逆にちょっと不安になるレベルだよこれ」
カタリナが、モニター前の机に片肘をついて、ぼそっとつぶやいた。
「……まだ序の口、だよね?」
その問いに、ジャックが答えた。
椅子に背を預け、足を組み、全体の魔力ログを目で追いながら――その目は涼しげだった。
「うん。様子見の最初の一手って感じ」
声に、苛立ちも怒りもない。
冷静すぎて、逆にぞくりとするような温度のなさ。
でもカタリナは、その「落ち着き」を理解していた。
――彼は常に、数手先を見て動いている。
「対応方針、どうする?」
「とりあえず、この件は『記録』だけにしよう。動くのは……次を見てから」
ジャックの指が、コンソールをなぞる。
するとリンク・システム上に繋がれた監視魔道具が、魔力の流れを同期し始めた。
魔力構造の分析ログ、マギア・アークの反応記録、接触時の環境データ――
クロエがその動きを横目に見ながら、口を尖らせる。
「やっぱスパイごっこって地味だよねー。もっとこう、カッコよく爆発とかしてほしい」
「それ起きたら研究所吹っ飛ぶけど?」
エラが真顔で返し、ノアが小さくうなずく。
「……魔力爆発、起こったら私たち3人、粉々」
「わーお、ドライにも程がある……」
カタリナはため息まじりに笑った。
でも、それくらいがちょうどいい。
この研究所は、魔法という名の情報戦の最前線。
冷静で、無駄なく、かつ――
「……敵の顔を確認する前に、余計な手は打たないほうがいい」
ジャックの言葉に、誰も異論を挟まなかった。
監視制御室に戻った静けさは、まるで深海のようだった。
音が消え、気配が沈み、全員が画面の向こう――まだ顔も見ぬ“調査者”を想像する。
だがその中でひとり、ジャックだけは少し別のことを考えていた。
――もし彼らが「学び」に興味を持って来たのなら、話は早い。
でも、「探り」に終始するなら……
対応は、変えないといけない。
(AIアリスの語り・ラスト)
さてさて。
交易と見せかけた「のぞき見合戦」。
この静かな駆け引きの先に、誰が笑うのか……は、次回のお楽しみってことで。
次回予告風に言うなら――
『本気の駒が、まだ盤に乗っていないだけ』
って、感じかな♪