第79話 交易の影に潜むもの1. 商人の列の中に
――未来から語りましょうか。
朝霧立ちこめる都市の門前、ざわめく商人たちの列。その中に、ひときわ冷静な男が立っていました。
彼の背中には、重たげな荷車。顔には、どこにでもいるような中年の笑み。
でも――魔力だけは、どうやら隠しきれなかったようで。
AIのアリスです。じゃ、いってみましょうか。
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東門の前は、ちょっとした市場みたいになっていた。
砂埃を巻き上げて到着する荷馬車、荷下ろしに文句を言う商人、記録板を片手に走る若い衛士たち。
「はい、次の方~、通してくださーい!」
「帳簿と登録票、揃ってます! 荷は織物と乾燥果実!」
活気というより、喧噪の渦だった。
だが、その中に一人――静かな男がいた。
肩に小さな鞄。頭には色褪せた商人帽。
背は高くも低くもなく、笑顔も実に平均的。
だけど、それが逆に引っかかる。
その男――“中年の商人”は、無言で列に並び、馬車に身を寄せる。
視線を動かすことなく、ただ歩みを進めていた。
門のアーチには、マギア・アークが煌々と設置されていた。
金属光沢を帯びたフレームが、半円状に城門を囲み、魔力反応を読み取る。
前の男が通り、緑色の光がフワッと浮かぶ。
「通過、許可。」
と、端末に記録される音声。
次。
次。
そして――
ザッ
“中年の商人”がマギア・アークの下を通過した、その瞬間。
「ピィイイイイイッ!!!」
耳をつんざく警報音が、東門の全域に響き渡った。
「――赤、反応……っ!」
若い衛士が跳ねるように立ち上がり、記録板を取り落とした。
マギア・アークのフレームに、赤いラインが浮かび上がる。
それは魔力の異常反応――つまり、“登録されていない魔力”であり、かつ、通常値を逸脱した存在という証明。
「異常魔力、確認……! 通過、不可!」
周囲の商人がざわつき、視線が一点に集中する。
「えっ、誰? 誰今の……?」
「こ、こわ……あれってやばい奴じゃ……」
“中年の商人”は、表情を変えなかった。
動じることなく、わざとらしいほどの無害な笑みを浮かべたまま、身じろぎ一つせず立ち止まる。
「すみませんなぁ、うちの馬が……なんか、魔力でも漏らしとるんでしょうか」
「黙って!」と、門番の少年兵が声を張ったが、その語調には緊張がにじんでいた。
そのとき――
ピッ。ピッ。ピッ。ピッ。
あちこちで、リンク・ノードの小型端末が点灯し始めた。
城壁の内側、塔の上、そして門番詰所の中で。
それらは、魔法研究所の監視ノードと連動し、危険信号を共有する装置。
「……来たか」
詰所の奥にいた年配の魔導師が、小さくつぶやくと同時に、通信クリスタルが蒼く光った。
《こちら研究所、ジャックに通知。東門前、赤反応確認》
瞬間。
ガガッ、と。
空気の層が一枚、裂けるようにして揺れた。
マギア・アークの向こうから――蒼い光の束が、一直線に降り立つ。
「……はやっ。転移魔法、改良してるな」
門番が目を瞬かせる間に、そこにはジャックが立っていた。
15歳の少年。
だが、周囲の大人たちが無言で道をあけるのも当然だった。
なにせ、彼の魔力は――常識外れだった。
「反応パターンは……っと」
彼が指先をかざすと、マギア・アークの赤い表示が小さく脈打つように点滅した。
その挙動の揺らぎ。
魔力のパルスの違和感。
「なるほど、擬態型か……」
背後から、別の声が届く。
「まったく、手の込んだものだな」
いつの間にか現れたグレイ。
61歳の老魔導師。杖をつきながらも、その視線は鋭い。
「他国のやり口としては……まあ、まだ序の口だな」
「うん。どちらかといえば、試運転の段階って感じ」
ジャックとグレイは、目の前の“商人”を前に、あくまで冷静だった。
それにしても――この段階で反応するとは。
異常魔力の擬態パターン、それも特殊加工されたもの。
エリューディア王国が、ヴェルトラの動向を調べに来たのは明らかだ。
「ふむ」
ジャックがポケットから、青い球体のような魔道具を取り出す。
《識別:リンク・プローブ展開》
魔力の網が、“商人”の体をなぞるように走り抜け――ピタリと赤い点で停止する。
「はい、確保でーす」
ジャックが手をひらひらさせながら、いつもの調子で笑った。
「まあ、無茶はしないでよね? こっちはこっちで、情報収集のプロなもんで」
“中年の商人”は、ようやく――ほんのわずかに、眉を動かした。
その微細な反応こそが、静かな戦の火種だった。
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――ほら、言ったでしょ。
何気ない朝が、未来を揺らす導火線になりうるって。