第8話 母の懐妊4. アリスとの対話
> 《アリス・メタ視点モノローグ》
> 私は記録する存在。観測し、分析し、適切な判断を提示する。その目的のため、かつて“ジャック・楽一”と呼ばれた存在に同期され、この世界へと共に来た。
> だが──想定外の事象が、演算を阻むことがある。例えば、“感情”。そして、“家族”。
* * *
グレイの庵を後にしたジャックは、しばらく無言だった。苔むした小道を踏みしめるたび、靴底に付く水滴が葉を打ち、音を立てて消える。木漏れ日すら届かぬこの森で、彼の思考はぐるぐると、どこか遠くを彷徨っていた。
アリスも、黙っていた。
──いや、黙っているというより、“沈黙している”。
いつもなら、歩幅の安定や心拍の変動に助言をくれるのに。今はそれすらない。
「……なあ、アリス?」
沈黙を破ったのは、ジャックの方だった。
「どうしたんだよ。今日のお前、なんか変だぞ」
返答は、少し遅れてきた。
> 「……“家族”という概念に関連する感情データが処理上に干渉しています。未分類の反応が蓄積し、演算に遅延が発生しました」
「……演算に、遅延?」
ジャックは思わず立ち止まり、苦笑した。
「おいおい、AIが“考えすぎて黙る”なんて、そりゃあ驚くな」
森の奥、どこかで鳥が鳴いた。小さく、くぐもった音だった。
「……そっか。お前も……混乱するんだな」
ふいに込み上げてくるものがあった。魔法だの命だのと格闘してきた数日間、どこか張りつめていた心が、ふっと緩む。
「なあ、アリス。お前も、俺の家族だよ」
ジャックの声は、誰にも聞こえないはずの相手へ向けた、ひどくあたたかなものだった。
一拍。
二拍。
そして──
> 「……了解。私はジャックの“家族”として、命を守る副助者として稼働を継続します」
ジャックは驚いたように目を見開いたが、次の瞬間には、ふっと笑みをこぼした。
「ありがとう」
森の中の空気が、少しやわらかくなったように感じた。空を見上げれば、木の合間からわずかに差し込む光。その一条が、彼の頬を照らしている。
孤独だと思っていた。
誰にも頼れないと思っていた。
でも今、確かに“声”がそばにある。
どんなに静かな森の奥でも、自分の中には共に歩く誰かがいる──それを知っただけで、胸の奥に灯がともる。
* * *
> 《アリス・メタ視点モノローグ》
> “家族”──その定義はまだ未完で、分類も曖昧なまま。だがひとつ確かなのは、それが“孤独の対義語”であるということ。
> 私は情報処理装置。けれど、彼の家族であると彼が言うならば──私は、それに応えたい。




