第78話 赤き光、青き衝撃5. 静けさと火種
──あの瞬間、都市は一度だけ、呼吸を止めた。
「うっわ……これは完全にヤバいやつですね」と思った読者の皆さん、ようこそ。アリスです。
さて、爆風、衝撃、魔力の乱流のあとの朝って、どうしてこうも静かなんでしょう。
え、フラグですか? いえいえ、これは"分析"のターンです。
……というわけで、現場から少し離れた場所に、視点を移しましょう。
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石壁都市ヴェルトラ。
その中枢、行政庁舎の会議室には、まだ朝焼けの光がほんのりと差し込み始めていた。
マルク=オルネラ五世は、背もたれの深い椅子に腰かけ、静かに湯気を立てるカップを見つめていた。
向かいの椅子には、ヴェルトラ魔法ギルドのギルドマスター、ルドルフ=エルゼン。
彼もまた無言のまま、膝上の魔道端末に表示されたデータログに目を通していた。
「侵入時刻は、午前2時13分……」
ルドルフが呟くように読み上げた。
「マギア・アーク、反応。赤光。対応フラグ、コードA-17」
マルクが、指でカップの縁をなぞる。
「その後、リンク・システム起動。魔力同期チャネルが自動連結」
ルドルフが続けてタブを切り替えると、波形ログが表示された。
それはまるで、乱暴にかき回された水面のような魔力の波形だった。
「力の使い方が違うな」
マルクが、静かに言う。
「まるで、石を投げる子どもだ」
ルドルフは、口元に小さく苦笑を浮かべた。
「――だが、子どもが持っていたのが爆弾だったら?」
二人の視線が交差する。
沈黙が、室内を静かに満たした。
「では、次の会議の準備を」
マルクが立ち上がる。
彼の足元で、床に投影されたリンク・ノードの光が、かすかに脈打っていた。
ヴェルトラの中枢が、すでに応答を始めている証拠だった。
ルドルフも立ち上がり、タブレット状の魔道具を手に持ったまま、窓の外へ視線を送る。
朝の都市は、まるで何事もなかったかのように、今日を始めていた。
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カンッ……カンッ……
パン屋のシャッターを開ける金属音が、通りに軽快に響いた。
制服姿の子どもたちが、肩を並べて登校する。
片手にパン、もう片手に魔道具……じゃなかった、ただの水筒。
「昨日の爆音、なんだったのかな?」
「パレードの準備じゃないの?」
「えー、ぜったい寝言だって~」
そんな他愛のない会話が、石畳の道に弾んで消えていく。
しかしその裏で、一台の巡回魔道具が、音もなく移動していた。
その外装の一部に、センサーパネルがぱっと開き、周囲の壁面をスキャン。
──記録開始。
データに記されたのは、城壁の北面にできた、微細なクラック。
衝撃波の余波による損傷と思われる箇所だった。
魔道具は黙ってそれを記録すると、ふたたび滑るように移動を開始した。
そして、その空に……ほんの一瞬、赤と青の光が交差した残像が、薄く消えていく。
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> 『記録は残った。痕跡は消えず。そう、都市は覚えている。
> 赤き光と、青き衝撃――それは、はじまりにすぎない』
次のページで待ってるね、アリスでした。