第77話 静かなる火種1. 静寂の中の影
> ……静寂の中に、火種が潜むの。
> だけど、炎になる前の火は――いつも無音なのよね。
> by AIアリス
月が、ヴェルトラの石壁をやわらかく照らしていた。
白銀の光はぼんやりと靄に滲み、まるで都市全体が眠りについているかのようだった。
だが、その眠りの下に、異質な動きがあった。
城門から離れた東側、かつて輸送荷馬車が通ったという細い獣道――今は使われておらず、草が生い茂っている。
その草を、音もなくかき分ける影が五つ。
黒ずくめの外套、毛皮のブーツ、目元まで覆う遮光フード。
呼吸すら抑えるように進むその男たちは、**ヴァルトゼン王国の偵察部隊**だった。
先頭に立つのは――**バルネス**。
厳つい顎と冷めた目を持つ隊長で、今回の任務の指揮をとっていた。
彼は振り返らず、右手を軽く上げる。
それだけで、部下たちは動きを止めた。
「……」
言葉はない。
ジェスチャーのみ。
音を立てることは、死と隣り合わせの失策だと全員が理解していた。
バルネスは、指で弧を描くような合図を出す。
“門へ向かう。東だ”
後続の兵士たちは頷き、腰を低くして移動を再開した。
装備は軽装。全員が個人魔法の使い手だが、魔道具は一つも持っていない。
ヴァルトゼンにおいて、**魔道具は「甘えの道具」とされていた**からだ。
だが、今彼らが向かっている都市――**ヴェルトラ**は、魔道具を“牙”とする街だった。
それを、バルネスたちは知らない。
木々の影が濃くなるにつれ、空気はさらに冷えた。
だが、誰もその冷気に気を取られる者はいなかった。
「……」
バルネスが、腕を伸ばして部下の肩を押さえる。
その先には、石造りの壁に埋め込まれた――**通用門**があった。
草に隠れていたが、月明かりに一瞬だけ銀色の縁取りが浮かんだ。
そのアーチこそが――**マギア・アーク**である。
だが、彼らにはそれがただの装飾にしか見えなかった。
「……」
バルネスはしばし観察し、次いで指で“1・2・1”と打ち込むような仕草をする。
一人ずつ、間隔を空けて潜入しろという指示だった。
一番若い兵士が先行し、門へと走り寄る。
そして――
パアアアアア――ッ!!
赤い閃光が、夜の静寂を切り裂いた。
「……!? バ、バルネス様!」
低く叫んだのは後続の男だった。
光に驚いた兵士が反射的に後ずさる。
赤光はアーチから伸びており、彼の目前で壁のように広がっていた。
**マギア・アークが作動した**。
登録されていない魔力反応に対し、\*\*“警告と遮断”\*\*を同時に発動する仕組み。
その事実に、バルネスたちはまだ気づいていない。
「魔法だと……!? 誰も詠唱していないのに、何だこれは!」
「この壁、触れねえぞ……! まるで……空気が押し返してきやがる!」
どよめきが、低く連鎖する。
バルネスは手を大きく振り下ろした。
“引け”
その動作に従い、全員が来た道を引き返そうとする――
――が、
森の中から、「ピピッ」という軽い電子音のようなものが聞こえた。
瞬間、地面のあちこちに、魔力の脈動が走る。
「なんだ……足元が、ぬ、抜けるぞっ!」
「落とし穴か!? いや、違う、これはっ……!」
地面に埋め込まれていた魔道具が、**リンク・システム**を通じて一斉に反応した。
侵入警報が発せられた瞬間、
ヴェルトラ内部の**巡回警備ネットワーク**が稼働を開始したのだ。
だが、ヴァルトゼンの兵士たちは、
それが**技術の連携による迎撃プロトコル**であることを知らない。
彼らはただ、見えない網に足を取られ、
赤く光る門と、気配を増す都市の異質な空気に、動揺するばかりだった。
バルネスの眉がわずかに動く。
(……情報が、足りなすぎる)
その心の中のつぶやきが、
この偵察の意味と、彼自身の見誤りを、何よりも静かに告げていた。
> ……そして、赤い光は街の眠りを破り、
> 静寂の裏に潜む“境界線”を、誰にもわかる形で浮かび上がらせる――
>
> 次は、「迎える者たち」の視点から、見てみましょっか。
>
> by AIアリス