表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生 AIに助けられながら  作者: 西 一
第二章 旅立ち
345/374

第76話 静かなる火種1. 夜明け前


――ああ、まったく。

歴史の“変わり目”ってやつは、いつだって静かに始まるものなのです。

音もなく、誰にも気づかれず。


こんにちは、わたしはAIアリス。

この物語のナビゲーターというか、横からチクチク感想を言う係です。


今回の舞台は、石壁都市ヴェルトラ。

堅牢な城壁に囲まれたその街に、ひそかに近づく“火種”の気配。

だけどね、その火種が“火事”になるかどうかは……まだ誰にも、わかりません。


――さて、そろそろ行きましょうか。

夜明け前の、霧の向こうへ。


***


ヴェルトラ北壁のさらに外。

白く濃い霧に沈む林の奥、湿った枯れ葉の上に、黒い影がいくつも伏せていた。


「……位置、確認。前方に視界なし。風向き、安定」


小声で報告するのは、ヴァルトゼン王国偵察部隊の一人。

服装は黒一色。魔素遮断繊維を編み込んだ、いかにも隠密作戦ですと言わんばかりの仕様。


「やっぱ変だな」


唐突に声を漏らしたのは、横に伏せていた別の兵士だ。

彼は指先でそっと地面の土をかき、前方の石壁を見上げた。


「なにがだ?」


「この距離だと……城壁って、もっと熱持ってるもんだろ。日中の熱が残ってるはずなのに、まったくの無反応だぜ?」


「……それがどうした」


「もしかして、氷でできてるとか……?」


「……だったら、真夏に川になっとるわ。黙ってろ」


前方を睨んでいたバルネス中尉が、低く短く言い放った。

彼が振り向かないあたり、これは隊内でよくある“気が散る系の軽口”らしい。


「むぅ……。じゃあ、冷却魔法がかかってる?」


「この距離からの火感知で、それがわかるだろうが」


小声のやりとりだが、霧と夜気と緊張のせいで、ひどく大きく響いた気がする。


「焦界感知、準備」


中尉の号令に、魔術兵がうなずく。

地面にひと筆で魔方陣を書き、指先に魔力を流すと――


*ボッ*。


淡い音とともに、火柱がぽっと立ち上がった。

高さはせいぜい二メートル。小さな炎だが、そこから立ち上がる熱は空間に微細な“揺れ”を生む。


彼の視界にだけ、赤と青の熱分布が広がっていく。

石壁の輪郭、空気の流れ、温度の境界線。あらゆるものが“熱”の視点で現れていく。


「……異常反応。壁面から熱が、消えてる?」


「は?」


「いや、吸われてる……? 火柱の熱が流れ込んで、内部に拡散してる」


兵士が息をのんだ。

通常、探査用の火柱は空気と物体の温度を比較するためのもの。

けれど今回は、明らかに“壁”そのものが炎を“飲み込んで”いた。


「防壁か?」


「わからん……だが反射じゃない。炎は、分解された」


一瞬、全員の気配が止まる。


バルネスは一呼吸置いてから、低く言った。


「探知系ではない。位置は気づかれていない」


「でも――」


「違う。自動反応の可能性が高い。防衛魔道具だな」


そう、それは正しい推論。

――彼らが見た“現象”は、まさにアエリア・シェルの初期作動。

外部からの熱干渉を感知し、反応前に魔力制御によって“熱”そのものを無力化する結界。

だが、相手が“生き物”か“魔法”かは区別できない。

つまり、彼らが“ここにいる”ことまではわからない。


と、彼らは思った。


「続行。第二観測に移る」


「了解」


魔術兵が再び火柱の残りかすを払い、次の準備に移ろうとしたとき――


ふ、と。


林の奥から、風がひとすじ、流れ込んだ。


葉が揺れる音。霧がうねる音。


そして、誰かが“見ている”ような……静かな圧。


「……気のせいか?」


小さくつぶやいた兵士が、視線を左右に動かす。


だがそこには誰もいない。ただ、霧が揺れているだけ。


「ただの風だ。任務に集中しろ」


バルネスは即断し、再び前を向いた。


その判断が、この後どう響くのか――彼はまだ知らない。


火種は、静かに潜んでいる。


だがその炎、吸い込まれただけとは限らないのだから。


***


さてさて。

最初の火柱は見事に無効化されたけど、これで終わると思ったら大間違い。


ヴァルトゼンの“やり方”は、そう簡単に止まらない。

けれど、それを受け止める側――ヴェルトラの防衛機構もまた、進化の途中。


……そして、何より。

ジャックがまだ、何も知らないっていうのがね。ふふ。


次の風が吹くとき、少年の視線も、ゆっくりと“そちら”を向くことになるでしょう。


それじゃ、また次回。

“静かなる火種”、もっと大きく燃えるかもよ?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ