第75話 魔法学校ユウナ12歳7. それぞれの帰路
――ねぇ、今日って、ちょっとだけ特別だったんじゃない?
たとえば、いつもより夕焼けが長くて、魔法の塔が金色に光って見えたとか。
たとえば、あの小さなティナの瞳に、本物の自信が宿ったとか。
気づいた? わたしはアリス。忘れ物が多い世界の“記録屋”よ。
さあ、そろそろ帰り道の時間――今日という一日を、小さな魔法たちが胸にしまう時間。
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校門をくぐると、ちょうど風が吹いた。
石畳をなぞるようにふわりと舞った葉が、ティナのスカートにぴとりと貼りつく。彼女は気づかず、隣のチカがそっと取ってあげる。チカの動きは、もう完璧に“お姉さん”。
「ねえねえ、ティナって今日、めっちゃすごかったよね!」
ベルが勢いよく腕を振りながら言うと、少し離れて歩いていたリラが「それな!」と手を打った。
「歌にしよっか?」
そう言うや否や、リラはぴょんと石段のひとつに飛び乗った。まるで小さな舞台。
そして、その場でくるりと回って、突然歌い出した。
「♪ピッカピカのティナの目〜 ヒラリと光ってま〜す〜」
「えっ!? なにそれっ」
ティナは耳まで真っ赤にして、両手で頬を押さえた。
「つづくよ〜!」
リラの即興ソングは止まらない。
「♪し〜らべの石をピコーンと! とつぜん光ってゴールイン!」
歌のリズムに合わせて、周囲の少女たちがパチパチと手を叩き出す。
「♪先生びっくり! でも一番は〜……ティ〜ナ〜!」
ティナは叫んだ。「やめてぇぇぇぇぇ!!」
でもその叫び声にも、笑い声がかぶさって、雲ひとつない空に溶けていった。
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「ふふ、楽しかったですね」
チカが言うと、ヨナがぽつりと呟くように返す。「歌、すきだった」
そしてベルが「ねえ、リラの歌って、ほんとに魔法っぽいよねー!」と手を振って歩き出す。
まるでキャンプ帰りの子どもたちのように、ぞろぞろとゲートウェイに向かう列。
ジャックはその後ろを静かに歩いていた。
リュックの重さはいつも通り。でも、子どもたちの声が耳に届くたび、少しだけ軽くなる気がする。
「はしゃぎすぎてゲートウェイくぐるとき転ばないかな……」
内心でそう思いつつも、止める気はない。笑顔で帰っていくなら、それがいちばんだ。
彼のすぐ隣を、ノアが静かに歩いていた。
ノートを抱えながらも、時折ちらりと子どもたちの様子を確認する目つきは、相変わらずの精密さだ。
「今日の測定、問題なかった?」
「……ええ。すべて想定内でした」
ノアは淡々と、けれどわずかに微笑んで答えた。
そのやりとりを聞いていたクロエが、不意に横から口を挟んだ。
「でも、ティナの集中力、予想よりすごくなかった?」
「それ、私も思ったー!」とエラが後ろから走ってきて、みんなで「うんうん」と頷き合う。
ゲートウェイが近づいてくる。石造りのアーチ、その奥に青白く揺れる転移の光。
グリム村へ帰る子は、そこをくぐる。街に残る子は、右手の小道へ分かれていく。
「ほら、足元注意だぞ」
ジャックが声をかけると、子どもたちはわちゃわちゃと列を整え出した。
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最後尾にいたジンが、ふと立ち止まった。
小さなカバンを背負ったまま、ぐるりと背後を振り返る。
見上げた先には、ヴェルトラ魔法学校の塔が夕焼けに照らされていた。
橙色の光が尖塔を包み、風に揺れる旗が静かに揺れている。
ジンは誰にも言わず、小さくつぶやいた。
「……もっと、強くなりたいな」
そして、何事もなかったように走り出した。
「おーい、置いてくなー!」
リラの声に笑いながら、ジンはゲートウェイの光に駆け込んでいった。
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魔法って、なんだろう。
すぐに答えなんて出ないけど――今日のこの帰り道に、少しだけヒントが隠れてた気がする。
うん、きっとまだまだこれから。君たちは焦らなくていいんだよ。
だって未来は、魔法よりもずっと、気まぐれであたたかいんだから。
また明日。……語り部アリスは、今日も記録終了。ピッ。
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