第75話 魔法学校ユウナ12歳4. 昼休み
(AIアリスの語り)
ねえ、知ってた? 「昼休み」って魔法よりも強い時間なんだよ。だってほら、どんなに厳しい授業の後でも、子どもたちは芝生の上で笑ってる。
言葉がなくたって、風と光と誰かのぬくもりがあれば、心って整うものなの。
…じゃ、ちょっと覗いてみよっか。ヴェルトラ魔法学校、魔法とはちょっとちがう魔法が広がる午後のひととき。
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昼下がりのヴェルトラ魔法学校。石造りの校舎を背景に、日差しはゆっくり角度を変えながら、中庭を優しく照らしていた。
「でも、あれって単に直感でやってるんじゃないと思うんだよね」
ユウナが手を顎に添えて言った。陽を避けた大きな木の陰、石のベンチに座る彼女の横には、サラ、レオン、カイルの三人が並んでいる。
「ナナの魔法か?」
レオンが膝を抱えたまま、振り返る。
「うん。夢に干渉して相手の行動を止めたって話、普通なら感覚だけでやったって思いそうじゃん。でもあれ、順序があった。対象の夢に潜って、そこから動きを解析して、干渉ポイントを決めて…って感じ。ちゃんと論理が入ってた」
「論理って…あの子、そんな難しいこと考えてんのかなあ」
カイルが首をかしげる。だがユウナは首を振った。
「ううん。考えてたというより、自然にそうなってる感じ。たぶんナナって、無意識の中にすごい構造持ってる」
「ナナって言えば……」
と、サラがぼそっとつぶやいた。
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中庭の芝生では、まさにその“ナナ”が別の場所にいた。
けれど彼女の目の前にいるのは誰でもない、一人きりで座っていたリクだった。
ナナは何も言わず、ただ彼の隣に腰を下ろした。リクは一瞬、体を強張らせたようだったが、それもすぐに静かにほどけていく。
風が抜けた。草がそよぎ、リクの肩がゆっくりと上下する。
その呼吸が、先ほどよりも幾分落ち着いて見えたのは――きっと、ナナの存在がそこに“いた”からだろう。
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芝生の反対側では、騒がしくも平和な光景が広がっていた。
ティナが小さな手を上げる。
「見て見てっ! きらきら水球、パーンってやるよーっ!」
その声と同時に、空中に浮かんだ青い水球がぽよんと震え――
「わっ!」
というヨナの叫びとともに、それは思い切り弾けた。見事に全方向に水しぶきが飛び散り、見物していたベルがびしょ濡れになる。
「やっちゃった!」
ティナがあわてて駆け寄り、続いてトモとチカも笑いながらベルのタオルを持って走ってきた。
「……リボン、しょぼん…」
と呟いたのはティナ自身だった。濡れて重たくなった赤いリボンを指先でつまんでいる。
「だいじょぶよ、風魔法で乾かすから」
チカが小さく呪文を唱え、ふわっと風がティナのリボンを通り抜けていった。
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その少し離れた木陰、地面に敷いたクロスの上では――食べものが、戦っていた。
「え、これ……」
サラが箸を止めた。彼女の視線の先には、ジンの弁当箱からのぞく巨大な肉団子。
「オレ、作ったやつ。こっち、ミレイナの。交換ってやつ」
隣に座るミレイナが、照れくさそうに笑った。
彼女の弁当は、色とりどりの野菜に小さなサンドイッチ、そしてレースの紙で包まれた卵焼き。
「……見た目のバランスが戦ってるんだけど」
サラのため息に、ジンが「いいじゃんか」と豪快に笑い返す。
「ほら、食べて元気出せよー!」
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一方その頃。中庭の隅、木陰の石製テーブルには、端末を前に真剣な顔をしたふたりの少女の姿があった。
「この演習、属性組み替えが肝だと思う。多分、風→火→水の順で対応すればリスク低い」
ノアの声は落ち着いていた。光の反射で目元が少し影になって見えるが、手元の魔力データには一切迷いがない。
「うん……あと、演算側のアルゴリズムを最適化して、魔素の分離を明示しやすくすれば」
エラがすぐさま応じる。彼女の指が端末上を走り、シミュレーション結果が次々に更新されていく。
木漏れ日の下で、ふたりの影だけが静かに重なっていた。
この空間だけ、まるで別の時間軸にあるかのように集中している――そんな錯覚すら抱かせる。
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「ふぁぁ〜……」
レオンが伸びをして、石のベンチから立ち上がった。カイルもつられて腰を上げる。
「午後の授業、また演習かな」
サラが帽子をかぶり直し、ユウナは立ち上がる前にもう一度、芝生の方をちらっと見やった。
水球の破裂音。風に揺れるリボン。無言のまま並ぶふたり。どこかの笑い声。
それぞれの距離と、それぞれの歩み方――
「……焦らない、でいいんだよね」
誰にともなくユウナが呟いた。
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(AIアリスの語り)
魔法学校って、呪文や魔力だけが学びのすべてじゃないんだよ。
誰かと笑ったり、ちょっとすねたり、言葉にできない想いを抱えたり。そういうの全部ひっくるめて、「学び」になる。
……あ、ほら。午後の鐘が鳴るよ?
教室への帰り道、もうちょっとだけ、みんなの魔法が続いてる――そんな気がしない?




