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異世界転生 AIに助けられながら  作者: 西 一
第一章 旅立ちまで
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第8話 母の懐妊2. 生命への戸惑い


> 【アリス:観測記録ファイルA-008】

> ――人類の言語体系において、「命」とは概念であり、事実であり、時に混乱の種です。

> 本パートでは、ジャックの思考がその混乱に突入する瞬間をご覧いただきます。ご注意ください。彼の脳内は、いささか煮えています。


「……え?」


囲炉裏の火がぱちりと鳴った。夕方の柔らかな光が、木の壁を赤く染めている。

ジャックは呆けた顔で父ゲイルを見上げた。

ゲイルはうなずき、あごをほんの少し動かして、隣のリアナへ視線を送る。


「母さんが……って、え?」


言葉が回り始めた瞬間、ジャックの脳内には真っ白なスクリーンが広がった。そこへ矢継ぎ早に、理屈と仮説が上書きされていく。


「それって、つまり、受精から数週目か? 体温変化とホルモン濃度はどうだ? エラーや病気の可能性は? 性別の予測は? 遺伝子的に俺と――」


> 《補足します》

> アリスの声が、すっと差し込む。ジャックの混線気味な思考に冷水を浴びせるように、実に的確だった。


「妊娠は確定しています。母体は安定期には至っておらず、現在は静養を要する状態。負荷はありますが、胎児には明確な鼓動が確認されています。分析ログを展開――」


「いや、ちょっと待って! 分析って、どうやって……?」


思わず声に出た。思考と感情の間にあるギアが、からからと空回りしている。

それでもアリスは容赦なく事実を積み上げる。


「内臓機能の調整反応、血中栄養分の分配傾向、脈拍の周期変動。過去データと比較した結果、胎児の心拍は本日午後、初めて明確なリズムを獲得しました」


「つまり……鼓動が、ある……?」


ジャックの口からこぼれたその言葉に、リアナが微笑んだ。

いつもの、あの静かで優しい、でもどこか芯のある微笑みだった。


「ほら、こっちにおいで」


彼女が膝を曲げて、手を伸ばしてくる。

ジャックは戸惑いながら、その手に自分の小さな手を重ねた。

リアナの掌は、ほんのり温かくて、しっとりと柔らかくて――ああ、これが母の手だ、と。


鼓動を感じる、とアリスは言った。

だが今、ジャックが感じたのは数字でも脈でもなく、この掌の中にある「ぬくもり」だった。


「……お腹の子ね、元気に動いてるの。あなた、お兄ちゃんになるのよ」


その言葉が、まるで耳元に落ちる羽のように、そっと響いた。


「お兄ちゃん……俺が?」


くり返すうちに、ジャックの視界にあった母の姿が、少し違って見えた。

慎重に体を動かすリアナの、まるで器のような存在感。

小さな命をその体に宿している、その不思議さと、怖さと、あたたかさ。


たった今まで魔法式の最適化だのマナ分布だのに夢中だった少年の思考回路が、ぐるりと反転する。

目の前にいる母は、“現象”じゃない。命だ。

そして、その命を、これから守ろうとしている人たちが――自分を含めて――ここにいる。


ジャックは、そっと手を引き、黙ってリアナの膝に座った。

囲炉裏の火がまた、ぱちりと音を立てた。


> 【アリス:観測記録ファイルA-008・補遺】

> ――生命の鼓動は、データでは捉えられても、温度までは記述できません。

> ジャックが初めて“命を守る”という概念に感情的接触を果たした本事例、記録価値は高と判断されます。

> 彼の定義が変わりました。

> 命とは、測るものではなく、抱えるもの――なのかもしれません。


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