第75話 魔法学校ユウナ12歳2. 高度制御演習
――魔法の授業って、面白いよね。
だってさ、「できた」瞬間がきらきらしてるんだもの。
大人から見れば、まだ拙くても、彼らにとっては世界を変える一歩。
今日もヴェルトラ魔法学校は、そんな“きらきら”でいっぱい。
……ってわけで、AIアリス、今日も実況開始です。さて、誰が輝くかな?
---
ヴェルトラ魔法学校、演習棟の多目的ホール。
朝の空気は清々しいはずだったが――この時間だけは、別。
ホールに一歩足を踏み入れると、魔力の粒子がピリピリと肌を刺すように感じられる。
緊張感が場を満たしているのだ。まるで“そこにいる”だけで試されているかのような、そんな空間。
教官クロエは前へ出ると、生徒たちを見渡し、簡潔に口を開いた。
「魔力の精度、意識の焦点、空間把握。今日のテーマは“保つ”こと」
それだけで、全員が背筋を伸ばした。誰一人、しゃべらない。
パッと音を立てて照明が切り替わると、床に展開された魔法陣が静かに光りはじめた。
演習、開始。
「ユウナ」
呼ばれた少女が一歩前に出る。ユウナ、12歳。淡い栗色の髪に、少し大きめの制服。
彼女は深く息を吸い、魔力を手に集めた。
《思考予測展開――魔力パターン適応》
浮かび上がる魔力波形は、幾重にも折り重なりながらも、滑らかに流れている。
呼吸に合わせて、魔力のラインが変化し、干渉を先読みするように波形を再構成していく。
「おお……」
後ろから、小さな歓声が上がった。
クロエが横で静かに目を細める。
「……きれいな操作。外からの揺らぎにも自然に応答してる」
近接感知系の術式において、対象の思考や反応を予測するのは高難度技術。
だが、ユウナの手元の魔力は、その予測を波形に“置き換える”ことで制御を成立させていた。
見事な対応だった。
「次」
クロエの声に、今度はカイルが進み出る。12歳の少年。まっすぐ前を見据えた眼差し。
「ロックオン・フレーム、展開」
彼の手のひらに浮かび上がるのは、正確に交差した光の軌跡。
標的は3つ、魔力で構成された模擬ドローンだ。
《定位固定──干渉コード展開──フレーム補足》
キュイン、という金属音にも似た共鳴が走る。
ドローンがジグザグに動いた瞬間、フレームが動きを先取りするように展開され、捕捉。
「干渉、起動」
次の瞬間、3つの標的がパッと音を立てて消滅した。
……命中率100%。追尾も寸分の狂いなし。
「これはすごい……」
「カイルって、こんなに器用だったっけ?」
囁きが聞こえる。本人は、ちょっとだけ顔を赤らめていた。
さて――次の演目は、ちょっと異色だ。
「ナナ」
呼ばれたのは、11歳の少女。細身の体に、大きな瞳。
彼女が手を差し出すと、空間にゆっくりと“風景”が広がっていく。
《夢干渉──幻想展開──模写環境生成》
まるで薄い霧が立ちこめるように、教室の景色が浮かび、消え、再構築される。
そして中央にぽつんと映し出されたのは、実物大の模擬標的。
「この環境、正確すぎない……?」
「え、これ、さっき廊下にあったカートの模様まである」
周囲の声に混じり、クロエも目を細めた。
「視覚、音、空気の密度まで……情報干渉、ここまでやるとは」
しかも、ただ映すだけではない。魔力量や波形の動きもほぼ再現されている。
幻想空間にいながら、実物と変わらぬ演習が可能というわけだ。
拍手が起こる。ナナは照れくさそうに肩をすくめた。
だが、その空気が変わったのは、次の瞬間だった。
「リク」
12歳の少年。落ち着いた目元に、硬い表情。
彼は、黙って両手を合わせると、魔力を一気に展開した。
……ゴゴゴゴ、と空気が震えた。
「……ちょっ、待ってリク、魔力が——」
警戒の声が上がるより先に、クロエの指が「パチン」と音を立てた。
バンッ、と床に制御陣が走る。魔力の流れが強制停止。
場が静まり返る。リクはそのまま、その場に膝をついた。
「止めなきゃ……見えない……っ」
その肩が小さく震えているのを、誰も責めることはできなかった。
彼の魔力は十分に強い。だが“制御する”感覚が、まだ手に馴染んでいない。
「くそっ、まだ力を任せてるだけだ……。制御しなきゃ、ここじゃ置いてかれる」
唇を噛み、拳を握るリク。
隣でクロエは、何も言わなかった。ただ一つ、肩にそっと手を置くだけだった。
……そして、最後。
「ノア」
呼ばれた少女は、端末を手に無言で前に出る。
《魔力波形記録──解析──補正提案プロトコル展開》
カチカチと端末を操作するたび、演習中の波形が順番に映し出されていく。
滑らかだったもの。緩やかに揺れていたもの。急激に崩れかけたもの。
「演習中、全体に共通する波形のズレは三か所。意識の揺れと、腕の運動軌道に連動してる」
端的で、冷静な分析。
「補正値を適用すれば、平均揺らぎは12%減少。標的精度も向上する」
クロエが静かに頷いた。
「全員、戻って。記録を配布する。午後までに再調整して」
生徒たちがぞろぞろと戻る中、リクだけはその場に立ち尽くしていた。
ジャックは、彼の背中に目を向けた。
……焦るなよ、と声をかけたいところだが、リクの中でそれは許されないのかもしれない。
だが——
「見えなかった、ってのは……悪いことじゃないぞ」
ぼそりと、ジャックが漏らす。
「見えないから、やる意味があるんだ。違うか?」
……さて、午後の演習は、どうなるだろうね。
---
> *アリスのひとこと*
> みんな頑張ってるなぁ。魔力制御って、ホントに“心の手綱”って感じ。
> 見えないものを“掴む”って、それだけで凄いことだと思うんだよね。
> さて次回は? 魔法と感情の関係、見逃さないで!