第74話 魔法学校ユイ6歳6. 魔導具メンテナンス実習
(冒頭ナレーション:AIアリス)
ねえ、思い出せる? 子どもの頃に夢中になったもの。バラバラにして、中をのぞいて、「うわあ」って声をあげた、あの瞬間。
――それが知識のはじまりで、ひょっとしたら、未来の扉をノックする音だったのかも。
今日のヴェルトラ魔法学校、午後4限。
ネジと結晶と、ちょっとした微笑みが、小さな胸に火をともす時間。
それじゃ、静かに扉を開けてみましょうか。ジャック、登場です。
* * *
■6. 4限:魔導具メンテナンス実習(15:15〜16:45)
魔導具整備室――その名のとおり、工具と金属の匂いがほんのり漂うこの空間には、子どもたちの背よりも大きな作業机がいくつも並んでいた。
そこに座る生徒たちの顔は真剣そのもの。目の前の知育魔導具とにらめっこしながら、小さな手がカチャ、カチャとネジを外していく。
「これ、こうやってバラすのか……」
ひときわ声を上げたのは、トム。8歳の少年で、ちょっと背伸びして椅子に座っている。
「あ、でも、配線……ちょっとちぎれたかも」
「やっぱり、むずかしいよね……」と、隣の席のミラがこめかみを指でとんとん。細かい部品に目をこらしながら、眉をひそめた。
そのとき――
ギィ……
整備室のドアが静かに開いた。
音に気づいた誰もがふと顔を上げ、目をまるくする。
「……ジャックさん!」
その名を小さくつぶやいたのは、ユイ。6歳の少女で、深い藍色の瞳がじっと扉の向こうを見つめていた。
立っていたのは、15歳の少年、ジャック。制服姿のまま、工具も持たず、ただ整備室の空気を感じるように立っている。
言葉はなく、彼はただ、子どもたちの作業を見渡し、小さく、ほっとするように微笑んだ。
その表情は、どこか父兄のようでもあり、研究者の観察のようでもあり――でも、何よりも、「ここにいていいよ」という空気を静かに伝えていた。
「……これ……見たことある……」
ぽそり、とユイが言った。
目の前のバラバラになった魔導具の中身をのぞき込みながら、小さな指先が、結晶の位置をそっとなぞっている。
「この形……前に遊んだ、おもちゃと一緒だ……」
それは、グリム村で見た古い魔導具。まだ読み書きもおぼつかない頃に触れた、不思議な光の出る球体――
それを作ったのが、目の前に立つ彼、ジャックだった。
トムが突然、「おおお! これ、こうなってるのか! すげえ!」と感嘆の声をあげた。
彼の指先には、魔力を流す細い銀線と、青く輝く魔素結晶のコア。
ミラがそれをのぞき込みながら、ちょっとだけ顔をしかめる。
「でも、これ、元に戻せるかな……? むずかしそうだよ」
そのとき――ふわり、と後ろから声が降ってきた。
「壊れても大丈夫。そうやって覚えていくんだよ」
ジャックが、声をかけたのだ。
その言葉には、不思議な安心感があった。
「間違えてもいいよ」と明言するのではなく、「壊しても前に進める」と背中を押してくれるような、そんな力がこもっていた。
「……また、ジャックさんの魔導具、使いたいな……」
ユイがぽつりとつぶやいた。
彼の背中を見つめる、その瞳は、ほんのすこし潤んで見えた。
「うん」
すぐ近くで作業していたミアが、静かにうなずいた。
言葉は少なくても、子どもたちの心には確かな灯がともっていた。
* * *
■7. 放課後とユイの決意(夕方)
石畳の校門をくぐると、オレンジ色の夕陽が、帰り道を長く伸ばしていた。
ゲートウェイへと続く坂道を、ユイはミラとトムと手をつないで歩いていた。
風が吹き、制服の裾がふわりと揺れる。
ユイはそれをそっと片手で押さえ、ちいさく笑った。
「……あしたは、修復魔法……もうちょっと上手くなるかも」
誰に言うでもなく、でもたしかに前を向いて、そんなふうに言った。
その足取りは軽く、でも決して急がない。
“焦らなくていい”という言葉を、ちゃんと信じているから。
「ゆっくりでいいんだって。ジャックさんが言ってたから、大丈夫。」
その言葉が、背中を押してくれていた。
* * *
(ラストナレーション:AIアリス)
ゆっくりでも、一歩ずつ。
それがいちばん確かな成長って、ジャックは知ってるのよね。
だって、彼自身もそうやって、いくつも壁を越えてきたんだもの。
次の授業は――おっと、まだヒミツ。ふふ、期待してて。
次回、「ユイ、はじめての模擬戦(仮)」? それとも「ジャック、魔法理論で大混乱」?
気になる次章も、お楽しみに。
じゃあまた、放課後の空の下で。