第74話 魔法学校ユイ6歳1. ユイのつぶやき
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AIアリスの観測記録より
「魔法って、なに?」と問うには、ちょっとばかり早い。けれど、「魔法が好き!」って叫ぶには、ちょうどいい年頃。
さて、本日わたしが注視するのは、ヴェルトラ魔法学校Bクラス、6歳児たちの朝のひとこま。
ほら、見えてきた。朝もやを割って歩く、ちいさな影……ユイちゃん、今日も元気に登校中♪
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ヴェルトラの朝は、ほんのり白くけむっていた。まだ空気がしゃんとしていて、街の石畳を歩く足音も、小さく、やさしく響く。
石壁都市の外周に建つヴェルトラ魔法学校――その正門の手前で、少女がひとり、制服の袖口を引っ張っていた。
「……やっぱり、ちょっと長い」
ぽそりと、言葉がこぼれる。
ユイ。グリム村からヴェルトラに来て、もうすぐひと月になる6歳の少女だ。制服は一番小さいサイズを選んだはずなのに、それでも袖が指先をすっぽり隠してしまう。
「グリムから来ると、制服、こうなるんだよね……」
ふふっと自分で言って、自分で納得して、でもやっぱりくすぐったい気分。ユイはそっと袖を折り返した。
ちょうどそのとき、背後からパタパタと足音。
「ユイの髪留め、かわいいね!」
声をかけてきたのは、同じBクラスの少女。黄色いリボンがぴょこんと跳ねている。ユイは少し驚いたように顔を上げ、それから、にこっ。
「これ、ジャックさんが作ったの」
とたんに周りの空気がふわっと温かくなる。
ユイの髪留めは、小さな葉っぱの形をした魔道具細工。淡い緑に魔素がきらりと光る。
「へぇー、やっぱりジャックさんすごいねー!」
「わたしも欲しいー!」
クラスメイトたちがワイワイ言いながら門をくぐっていく。
教室の前に着くと、ミアがユイの肩をぽん、と軽く叩いた。栗色の髪が朝の光を受けてきらめいている。
「今日の2限、修復魔法だよ!」
ユイはぱちくりと瞬きをして――それから、少しだけ眉を下げた。
「……ちゃんと、できるかな……」
昨日の練習では、うまく“くっつける”ところまではいった。でも、ひびが残ったままで、先生に「惜しかったね」と言われたのがちょっと悔しかった。
でも。
(でも、魔法って……楽しいから)
胸の中でふわりと何かが浮かぶ。焦ることはない。失敗したって、やり直せばいい。魔法は、追いかけるものじゃなくて、いっしょに歩くもの――そんな気がした。
「……ゆっくりで、いいか」
ユイはぽつりと呟いて、袖をくいっとまくり直した。教室の扉が、子どもたちの笑い声と一緒に開いていく。
朝靄の向こう、今日も魔法の一日が始まる。
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AIアリスの観測記録・追伸
ゆっくり、ていねいに、まっすぐに。
焦らなくても、子どもたちはちゃんと進んでいく。
さて、修復魔法の授業では、誰の作品が一番“きれいに直る”のか?
……ふふ、次回もまた、観測対象が増えそうです♪
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