第73話 魔法学校レイン14歳5. 魔力安定補講
――さてさて、今日も始まりました魔法学校ヴェルトラの選抜補講。ここでは、魔力を安定させる難しい技術を学ぶのだ。人それぞれの魔力がどう反応するかは千差万別、だからこそ選抜なんだけどね。今、君たちの目の前で起こっているのは、そんな真剣勝負の一コマだよ。――AIアリスの声が、ほんの少し笑みを含みながら響く。
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教室は少人数の選抜生だけが集まる特別な空間だった。静寂が支配し、淡く幽かな光が、床に描かれた魔法陣の輪郭を淡々となぞっている。息をひそめて集中しないと、魔力の乱れがすぐにわかってしまうような緊張感だ。
ジャックは、いつもとは違う張り詰めた空気の中で、控えめに周囲を見回した。彼の隣には、14歳の少年レインが座っている。レインの細い指先は、どこかまだぎこちなくも魔法陣に触れていた。
「……うん、そこまで集中できてるね」ノアが中央に立ち、静かに語り始める。彼女は12歳とは思えない落ち着きで、魔力安定化の理論と実践を分かりやすく説明しつつ、黒板代わりの魔法陣に指を滑らせる。
「魔力は感情や環境に左右される。でも、安定化の鍵は制御力の育成。今日の実技は、その“制御力”を鍛えるためのものだよ」ノアの言葉が静かに教室の空気に染み渡る。
レインの表情は少し緊張しているが、決して弱気ではない。彼の内側で渦巻く魔力量は未熟な制御のせいで時折不規則に揺らぎ、それが小さな波紋のように彼の周囲の空気を微妙に震わせていた。
ジャックの視線はじっとレインの魔力の動きを追っている。彼は自分の膨大な魔力を常に抑制しているが、そのぶん他者の魔力の細かな変動には敏感だった。
すると、その時だ。レインの魔力がわずかに乱れた瞬間、教室の静けさを切り裂くようにクロエが即座に反応した。13歳の彼女は身体感覚が鋭く、レインの乱れを一瞬で察知し、流れるような動きで補助魔法を差し込む。
「はい、ここをこうして……」クロエの手先が空間に小さな波紋を描き、魔力の流路がスムーズに再調整される。魔力の流れが一気に落ち着きを取り戻し、まるで乱れた川が穏やかな流れに戻ったかのようだった。
ノアはその変化を魔法陣の計測装置で静かに記録しながら、横に立つエラと短く目配せを交わす。エラは11歳ながら、測定魔法と魔道具の扱いに卓越した知識を持っている。三人の連携は精密機械のように完璧で、見ている者に安心感を与えた。
「なるほど……」ジャックは心の中でつぶやいた。レインは今まで「魔力が乱れている」と単純に思い込んでいたが、それは単に「どう制御すればいいかを知らなかっただけ」なのだと気づいた。
教室の緊張は解けつつあった。ノアが静かに口を開く。
「あなたの魔力の反応は、とても素直です。制御力さえ育てば、必ず変わる」その言葉には非難も否定もない、ただ真実を伝えるだけの冷静な響きがあった。
レインはその言葉を胸に深く刻んだ。まだまだ道半ばだが、確かに希望が見えたのだ。
ジャックはふと、自分の無詠唱魔法を心の中で唱えながら、次の授業への期待を新たにした。いつかこの場所の誰もが、魔力を安定して操り、未来の世界を支える存在になるのだと。
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――魔力はたしかに不安定。でも、安定への道はいつも学びの中にある。さあ、レインもジャックも、今日の一歩を踏み出したばかり。未来はまだ誰にもわからないけれど、その一歩一歩が確かに繋がっていく。次回もお楽しみに!――アリスの声が軽やかに響いて、教室の窓から午後の光が差し込んだ。




