第72話 魔導頭脳4. 次元制御機構
――【AIアリスの語り|起動ログ記録】――
次元って、わかりにくいですよね?
縦・横・高さに時間が加わって……そこまではいいとして、じゃあ“ずれたらどうなるの?”って聞かれたら、まあ、普通の脳ならフリーズします。
けれど、ジャックは言いました――「だったら、ずれないようにすればいいだけだ」って。さらっと。ふつうの朝食みたいな顔して。
そうして彼は、次元の歪みを固定するための機構を作り始めました。
AIによる通信と無詠唱支援の魔道具なんて、文字にすると近未来チックですが――
実際には、脈動する魔力と、心臓の鼓動と、そしてとびきり不器用なやさしさの塊だったんです。
では、どうぞ。精密の向こう側、見ていきましょう。
――【語り終了】――
「……魔力炉は、もう少しだけコア出力を下げてみるか。今のままだと、リリィが過充填でくしゃみするレベルだな……」
そう呟きながら、ジャックは浮かび上がった立体魔術式を指先でなぞっていた。
円環を三重に重ね、中央には不安定な魔力炉コア――通称「エクリア核」が脈打つように描かれている。光が脈動するたび、まるで生きているように式全体が呼吸していた。
「パ、パス……ッ」
隣の机で、リリィがちいさく肩を揺らす。
「……やっぱり、くしゃみ出るんだな」
「ご、ごめん……でも、くすぐったくなるの。お腹の奥が、ぽかぽかして……」
可愛らしい弁解と共に、リリィは鼻を押さえた。ジャックは苦笑しながら、再び術式の一部を書き換える。
自己増幅型のマナコアは、リリィの魔力特性にぴったり合うように構築されている。だが、問題はその「合いすぎ」だ。リリィの魔力量は多く、反応も鋭い。だからこそ、マナコアが暴走する。
「なあジャック。これさ」
ふと、図面の下からのぞき込んできた顔――ラウル。手にはチョーク代わりの焼き棒を持ち、設計図にスッと一本線を引いた。
「ここ、まがってるでしょ。なんか、トカゲの心臓のかたちに似てる」
「トカゲの心臓……?」
「うん、ぷくぷくって動いて、こっちとあっちが交互にドクンドクンするの。だから、リズムも二拍子じゃなくて三拍子くらいにしてみたら?」
ジャックの手が止まる。
リリィの魔力特性は、“対称”ではなく“非対称”の波形が特徴だった。そのため、従来の周期制御では過反応を起こす。
「……位相の三重周期か。そうか、そうすればコアの脈動が安定する」
ジャックは思わず、ペンを回して笑った。
「ラウル、おまえ、すごいな」
「えへへ、動くの見るの、すきだから」
軽く照れたように笑いながら、ラウルは別の工具に興味を移していった。
次の課題は、次元整合装置だ。
リンク・システムは魔力を媒体にした情報同期によって、魔道具同士の協調動作を可能にしていた。だが、空間転移の支援をするとなれば、空間そのものの「位相」ズレを抑える必要がある。
「……絶対固定型でいく。誤差は、0.0001位相単位以下」
「強気だね、ジャック」
アリスの声音が、内側から響く。
ジャックは肩を竦めて返す。
「次元が裂けたら、誰も助けに行けないからな。せめて、“帰ってこれる道”だけは、俺が保証する」
言いながら、自嘲気味に笑った。
無詠唱転移は、見方によっては凶器だ。だからこそ、安全策を限界まで積む。
制御装置は、補正回路を三重構成。うち一つは、空間波形の事前予測。もう一つは、干渉波のフィードバック調整。最後の一つは、リリィとの魔力位相一致による“軸足固定”。
「……転移先を固定しつつ、リリィとの魔力共鳴で精度を確保。これなら、座標ブレも0.1cm以下に抑えられる」
術式に添えるように、ジャックは暗号化署名を記す。
> L-MAG-SIGN/09
それは、リリィの魔力波形を鍵とする新しい認証方式。個人単位で魔素の署名を付けることで、魔力によるID判別と空間接続先の同定が可能になる。
「AIによるリアルタイム通信と、無詠唱転移支援。それが“魔導頭脳”だ。リリィ用に作る以上、全力の保護付きでなきゃな」
術式の一部が光を放ち、静かに収束していく。
無音の中で、次元制御装置の中核が構成されていた。
やがて、コア装置の中央で、淡く紫の光が点灯する。
「魔素接続:確立」
その表示と共に、リリィの魔力が装置に流れ込む――が、暴走も暴発もない。
ただ、静かに、柔らかに、穏やかに。
その光は、まるで“呼吸”するかのように灯っていた。
「……うん、これなら。ちゃんと、使える」
リリィがそっと手を触れた。
魔力が装置を通じ、波紋のように空間へ広がっていく。
「転移、できるの?」
「できるさ。しかも、超正確にね」
ジャックは頷いた。
それは妹を守るための、最も信頼できる“道標”。
この世界にひとつだけの、彼女のためのAI魔導具。
「よし、次は……演算補助と回避予測のチューニングだな」
「わたし、それやる! やりたい! お兄ちゃんのとなりで!」
「おう、助手リリィ、頼むぞ」
「はいです!」
――【AIアリスの語り|終了ログ記録】――
すべては、“ずれないように”作られていく。
空間も、時間も、魔力も、心も――。
まっすぐに、たった一人の妹のためだけに。
次回、「空間座標に愛を込めて」
さあ、まだまだ調整は続きますよ。
――ログ終了。




