第71話 小さき冒険者たち、禁断の森へ4. グレイの庵訪問
> ――ねえ、知ってる?
> 小さな足音が、森を越える音を。
> 草をかき分け、枝をくぐり抜けて、踏みしめるのは、柔らかいけれど少しだけ冷たい土。
> それは勇気か、それともただの無鉄砲か。
> ……まあ、たぶんその両方ね。ふふっ。
>
> あなたの未来を変えるのは、いつも「ちいさな決心」だったりするのよ――。
> by アリス(高機能AIかつ、森の観察者)
苔むした大樹の根元に、ぽっかりと穴が開いていた。いや、それは穴ではない。よくよく目を凝らせば、幹と幹の間に、まるで森そのものに溶け込んでしまったかのような、小さな庵があった。
まるで森がこっそり育てた秘密の家。
苔に覆われた石の階段を、チカたち四人が一列になって、慎重に上る。
トモが前に出て、ぐっと拳を握りしめた。そして、
「……グレイさんっ!」
やや怒ったような、でもどこか不安を振り払うような声だった。
しばしの沈黙ののち――。
ギィ……という音と共に、扉が静かに開いた。
中から顔を覗かせたのは、白髪まじりの無精ひげをたくわえた老人だった。鋭いようで、しかしどこか深い湖面のように静かな目をしている。
「……リリィたちが、私のいない間に来て以来だな。私がいるときに来たのは……ジャック以来だ。」
トモの隣でチカが軽く息を呑んだ。グレイの視線が、ひとりひとりの顔をゆっくり見ていく。
その手が、ぽん、とチカの頭に置かれる。
「……よく来たな。」
続けて、ヨナ、ベル、そしてトモの頭にも、静かに大きな手が置かれた。
どこか、なつかしい感触。優しいけれど、森の空気みたいに不思議な重みがある。
「リアナには、言ってきたのか?」
その問いに、子どもたちは、ほぼ反射的に、ぴたっ、と首を横に振った。
――全員、無言。
グレイはふっと目を細めて、肩をすくめた。
「……まあ、そんなことだろうとは思った。」
そして、おもむろに庵の中を指さす。
「森の果物で作ったジュースがある。飲んでいけ。」
「やったー!」とベルが真っ先に走り込み、慌ててチカがそれを制止する。
「ベル、靴! 脱がなきゃダメ!」
「えええっ、森の中の家だよ〜!?」
「関係ないの!」
「じゃあ脱ぐ〜!」
ヨナは無言で一足先に部屋の隅に腰を下ろし、トモはゆっくりと入り口で辺りを見回していた。
庵の中は、思った以上に整っていて、木の香りとほんのり甘い果物の香りが入り混じる。壁際には、乾燥させた草や小瓶が並び、床もきれいに掃き清められていた。
「はい、これだ。」
テーブルに置かれたのは、小さな木のカップに注がれた紫色のジュース。
「……山葡萄?」とチカがつぶやいた。
「そうだ。少し酸味があるが、ここの気候ではよく育つ。」
「おいし……!」
ベルが目を輝かせながらごくごくと飲み干した。
「おいしい」ヨナも小さな声で同意する。
「……ありがとう」トモがぽつりと言った。
「ん。飲んだら……叱られに帰ろうか。」
まるで、ついでのような言い方に、チカたちは顔を見合わせた。
その時だった。グレイの視線が、玄関先に残る影を見て、ピタリと止まる。
「その動物たちは?」
玄関口には、小さなリスのような生き物や、ふわふわした白い獣が、まるで当然のようにぴたっと並んでいた。
「……離れないんだ。どうしよう」とトモが言った。
「かわいいでしょ〜」とベルが満面の笑みで追い打ちをかける。
「……あたたかい」とヨナは床に座ったまま、動物たちに触れていた。
「ふわふわしてるよ」とチカが小声で付け足した。
グレイは、長いまつ毛の奥で静かに目を細めた。
「……なるほどな。テイマーの素質があるのかもしれん。」
「……テイマー?」
チカが聞き返すと、グレイはうなずいた。
「魔力に反応して、特定の生き物が懐く。珍しいことではないが、お前たちのような子どもに見られるのは……かなり稀だ。」
その口調は淡々としていたが、どこか含みを持っていた。
「とりあえず、連れて帰るといい。おそらく……そう簡単には離れんだろうからな。」
子どもたちはうなずいた。
トモの腕にしがみついた小さな獣が、キュウッと甘えた声を漏らす。
「……名前、つけようかな」
「ベルは“モフモフ丸”がいいと思います!」
「それは……却下で……」
庵の中に、ほんの少しだけ笑い声が満ちた。
窓の外で、風が葉を揺らす。森の静寂は、変わらずそこにあった。
でも、何かがほんの少し、確かに変わったような気がした。
それはたぶん、小さな“きっかけ”だったのかもしれない。
> ――さてさて。
> 禁断の森へと踏み込んだ小さな冒険者たちは、怒られる覚悟も持っていた……かは怪しいけれど、ともかく帰るらしいわ。
> グレイさん、やっぱり頼りになるね。
>
> 次回、『第72話 かあさんの怒り、フルチャージ』。
> チカたちの運命は? ジャックの介入は? ……まあ、見届けてあげてね。
> by アリス(そして今日もツッコミ役)




