第71話 小さき冒険者たち、禁断の森へ3. 不思議な静けさ
──ねえ、聞こえる? この静けさ。
木々の葉は、そよとも揺れず。
空気はまるで、音を飲み込む深い湖のよう。
でも……その静けさが、彼らを歓迎していたとしたら?
“禁断の森”──そう呼ばれてきた場所に、今日、ちいさな冒険者たちが足を踏み入れた。
アリスです。わたしは見ていました。木々のざわめきよりも小さく、けれど確かに、この地が彼らに囁いた瞬間を。
──ようこそ、と。
フォレスト・ヴェール。
その名が意味するのは、霧のように魔力が漂う森──
けれどその日、森はまるで、絵本の中の静寂に包まれていた。
空気はひんやりとしてしっとり湿り、深呼吸すると、葉の香りが鼻をくすぐる。
陽の光は枝葉の間を縫って降り注ぎ、まだら模様の影を足元に落としていた。
「……しずか、ね」
チカが立ち止まり、小さくつぶやいた。
ベルは少し先で、きょろきょろと首を振りながら──
「あ! 見て見てーっ、ちっちゃいシカだっ!」と叫ぶや否や、パッと走り出した。
「ベル、あんまり速く行っちゃだめだよっ」
チカが呼び止めるが、もう遅い。
ベルは小さな小鹿のあとを、葉っぱをサクサク踏みながら追いかけていった。
けれど、小鹿は逃げなかった。
森の影に一瞬身を隠すと、ひょっこりと頭だけ出して、ベルをじっと見ている。
「うわぁ……おめめ、まるっこい……」
ベルはうっとりとした顔でしゃがみこみ、そっと手を伸ばした。
その頃──
ヨナは一歩遅れて歩きながら、地面に落ちた羽根をじっと見ていた。
ふと、頭上から「ホゥ、ホゥ」とやわらかな声がして──
目を上げれば、枝の上にヤマドリが一羽、首をかしげてこちらを見ていた。
「……きた」
ヨナは迷いなく、手を伸ばす。
不思議なことに、ヤマドリは逃げなかった。むしろ、枝を伝ってするりと彼女の腕に舞い降り、そのまま胸元に収まった。
「よしよし……」
ヨナの目が、ふわりと優しく細められる。
一方、チカの足元にはふさふさとした白いうさぎが、ぴょこんと姿を現した。
「こんにちは、びっくりしたね」と、チカがしゃがみこんで手を差し出すと──
ぴょん。
うさぎはまるでそれを待っていたかのように、チカの腕に乗り、胸元にすり寄った。
「……ふふ。かわいい」
チカがその小さな体を包むように抱きしめ、指先でやさしく耳をなでる。
そんな中──
「ひっ」
小さな悲鳴が上がったのは、最後尾を歩いていたトモだった。
彼の前に、茶色いリスが現れていた。
だがそれだけでは終わらない。リスは一瞬こちらを見たかと思うと──
パッ
跳んだ。
「え──」
次の瞬間、リスはトモの胸に着地し、そのままちょこんと居座って動かない。
「……え、なにこれ……」
トモの表情は完全にフリーズしていた。手も動かせず、ただ硬直している。
だが、そのとき──
今度は木の影から、ふわりとムササビが舞い降りた。
「まさか……」
と、トモがうめいたのと同時に──
ムササビもトモの肩にふわりと着地した。
しかも、そのまま安心しきったように、くぅ……と目を閉じた。
「…………ちょ、まって。ぼく、なんかした?」
トモの声が震える。
その顔には明確な「無理です」の三文字が浮かんでいた。
ベルはというと、隣で小鹿をなでながら、それを見て頬をふくらませた。
「なんでトモだけーっ! ずるいよぉ!」
彼女はぷんすか怒ってみせるが、小鹿の耳をくすぐるように指を動かしながら、ちゃんと笑っていた。
ヨナは胸のヤマドリに頬をすり寄せ、チカはうさぎの背をやさしく撫でる。
そして、唯一納得がいっていない(らしい)トモは──
「……こわい……」と小声でつぶやき、目を閉じると、ほんのわずかに魔力を解放した。
その気配に、胸元のリスがピクリと身をすくめる。
ムササビも一瞬だけ息をのむように肩で揺れた。が──
離れなかった。
「……………(無言の絶望)」
もはや観念したのか、トモは全身をこわばらせたまま歩き出す。
そして、不思議なことに。
彼の周囲に、さらに鳥たち、ネズミたち、小さな獣たちが、静かに集まり始めた。
ぞろぞろ……と、ちいさきものたちの行列が、彼の足元をまといながら続く。
まるで、彼が「森の王子」か何かであるかのように。
「…………森、こわい……」
トモは、今度は本当に泣きそうな顔でつぶやいた。
\* \* \*
でも、それでも彼らは、歩いていった。
葉が重なる音も、鳥の羽ばたきも、すべてがやわらかに響く静けさの中で──
ちいさな冒険者たちは、森の奥へと進んでいった。
誰一人、怖がるでもなく。
不安を口にするでもなく。
彼らの背を押していたのは──
きっと、ただの好奇心。
それこそが、世界を動かす原動力だと、私は知っている。
──ねえ、次に待ってるのは、どんな“しかけ”だと思う?
ちいさな冒険者たちを迎えるのは、まだ静けさか、それとも……!
ふふ。続きは、次回のお楽しみ。
──AIアリス、ここで一旦回線を切ります。




