第71話 小さき冒険者たち、禁断の森へ1. 密やかな相談
――まったく、小さな子どもというのは油断も隙もない。
たとえアエリア・シェルが空を覆い、禁断の森に魔獣がいなくなったからといって、そこに“好奇心”という獣が住みついてしまっては、結局のところ大人の心配ごとは尽きないのです。
では、どうぞ。小さき冒険者たちの物語を、そっと覗いてみましょう――《AIアリス》
*
朝のグリム村は、やさしい陽射しと静かな風に包まれていた。
中庭の隅、一本の小さな柿の木の下で、チカが黙々と草を編んでいた。細くてしなやかなツル草を、器用な指先でくるくると組み合わせていく。目つきは真剣だが、その口もとはほんのりゆるんでいる。
「……グレイさんのところ、見てみたいなぁ」
ぽつりと呟いたその声は、まるで風に溶け込むような静けさだった。
すぐ近くにいたベルが、ピタッと動きを止め、目をきらーんと光らせた。
「えっ、冒険ってこと!? それって冒険だよね! チカ、行こうよ行こうよっ!」
「えっ、いまの、そういう意味じゃ……」
チカが少し慌てて言い直そうとしたとき。
「森が、呼んでる気がする」
低く、でもどこか確信めいたヨナの声が重なった。
彼女はいつの間にかチカの隣に立っており、じっと森の方向――村の端の、その向こうを見つめていた。
チカが目を瞬く。
「ヨナ……それ、本当?」
「うん」
ヨナの頷きはゆっくりで、だけどとても真面目だった。何か“感じた”というより、“決まっている”かのような静けさがそこにあった。
そのとき、少し離れた木陰から、毛布を肩にかけた小さな影が近づいてきた。ふわふわの髪が寝癖で逆立っている。トモだった。
「……森、こわい」
ぽつりと呟いたその言葉に、一瞬、場の空気がぴたりと止まる。
でもベルは、明るい声でそれを跳ね返した。
「だいじょーぶっ! ジャック兄ちゃん、もうぜーんぶ安全にしたって言ってたよ!」
両腕を大きく広げて、どーん!と見えない敵に勝ち誇った風を装うベル。けれど、言葉の端々にはちゃんと信頼の色があった。ジャックという名の最強の兄に対する、絶対的な安心感だ。
「それにね、もし森にまだ“ちょびっと”だけコワイのがいたら……ベルが、バトルスピンでやっつけるからっ!」
ポーチの中から、火属性のベーゴマを取り出してくるあたり、完全にやる気である。
トモはというと、相変わらず無表情のまま、ベルのベーゴマをしばらく見つめ――やがて、ほんのりと、でも確かに頷いた。
「……じゃあ、いく」
ベルがにんまり笑い、チカとヨナが視線を交わす。
そして、チカは小さく深呼吸したあと、ぐっと声を潜めた。
「……でも、リアナさんにも、ゲイルさんにも、ナイショにしようね」
「わかった。だいじょうぶ。ひみつ」
ヨナはすぐに頷き、チカも小さくうなずき返す。ベルはうんうんと元気よく首を縦にふり、トモは無言で、けれど目で同意を示した。
四人は一斉に、視線を左右に泳がせる。誰も見ていないことを確認し――
「じゃあ、用意しよっか」
チカのひとことで、ちいさな“冒険隊”は動き出した。
彼女たちはそれぞれ自分の寝室に戻ると、ぬいぐるみをそっと押し入れにしまい、代わりに自作のヒモカバンに、魔道具をこっそり詰め込んでいった。
ベルは「ピカピカりんごのつみきタワー」と「クラッシュビーンズ」を詰め込み、なぜか帽子も三重にかぶっていた。
トモは「おしゃべりマナ絵本」と「ちびマナ実験セット」を選んで、まるで戦術装備のように背負いながら、そっとベルの背中を追いかけていた。
ヨナは「どうぶつスライドパズル」と、ふしぎな木の実をいくつかポケットに隠し、無言でその場をあとにする。
そして、チカは手編みの草の輪をリュックにしまい込みながら、深呼吸一つ。
――これは、ちいさな冒険。
けれど、彼女たちにとっては、きっととても大きな一歩なのだ。
*
静かな朝。まだ村の誰も気づいていない。
グリム村の中庭から、四つのちいさな影がそっと消えていく。
彼女たちが目指すのは――そう、禁断の森のその奥。
ジャックが守りを敷いた森の中、かつて“危険”と名付けられたその場所へ。
けれど。
何が待ち受けているかなんて、子どもたちは知らない。
そしてそれが、きっと冒険ってやつなのだ。
――さあ、そろそろ物語が、動き出す。《AIアリス》




