第70話 ちいさなふたりと魔道具たち5. ふたりのバトルスピン
(冒頭・AIアリスの語り)
――はい、こんにちは。いつもながら場違いなテンションでお届けする、AIアリスのお時間です。
さて、今回は戦いの話です――といっても、火花バチバチの命がけバトルではありません。
舞台は、穏やかな午後の室内。武器は、小さなベーゴマ型の魔道具。
参戦するのは、手のひらよりも小さな勇者たち……つまり、ちびっ子です。
ふたりは笑い、転び、回し、ぶつかりあい――それでも大人たちには決して出せない魔力を放つ。
さあ、どうか目撃してください。この村でいちばん小さな戦いを。
その名も――
「ふたりのバトルスピン」!
───
「……くすっ」
小さな音が、部屋の隅からふわりと漏れた。
あたりは穏やかな午後。夕方前の陽が、窓のカーテン越しにゆるく差し込む。
その明かりの中で、ふたりの幼児――ラウとイナが、なにやら楽しげに顔を見合わせていた。
くすくす、くすくす。
繰り返される小さな笑い声は、どこか転がるビー玉のように軽やかで、床にまで響くほどの威力はない。
けれどその音だけで、空気がすこし和らぐようだった。
「ラウ、いくよ〜!」
イナが片手を上げた。そこに乗っているのは、水属性の《バトルスピン》。
キラリと青く光る小さなコマには、うっすらと水しぶきのような魔法のエフェクトが刻まれている。
一方、ラウの手には風属性のスピン。こちらは淡い緑色の羽のような模様が、陽の光にふわりと浮かび上がっていた。
チカが床に広げた、円形の厚布――バトルスピン用の“舞台”の中央に、ふたりは息を合わせてスピンを置いた。
「せーの!」
パッ。
ふたつのスピンが、同時に勢いよく回り出す。
くるくるくるっ。
くいんっ、しゅるるっ――
風のスピンがひと足先に円を描き、水のスピンがそのあとを追う。
次の瞬間、軽やかな風の軌跡と、水のきらめきが交差して……
カチンッ!
小さな衝突音とともに、ふわりと魔法の光がはじけた。
青と緑の閃光が、一瞬だけ空中に円を描いてから、そっと消える。
「ふふっ!」
「らう、つよい!」
勝ったのはどちらか――それを判断するにはまだ早い。けれどそんなことは、ふたりにとってあまり重要ではないらしい。
ただただ回り、ぶつかり、はじけるその音と光に、笑い声がはじけた。
「こら、あんまり強く回しすぎないでね。スピンが飛んじゃうから」
優しく注意したのはチカだった。
近くに座っていた彼女は、子供たちの様子を見ながら、使い終えた魔道具の片付けをしている。
その隣では、リリィが布を整えながら、にこにこと微笑んでいた。
魔力量も制御も、誰よりも優れたこの小さな魔導士は、こういう遊びの“流れ”を読むのがうまい。
「回す角度、ちょっとだけ変えた方がいいかも。……ねっ」
言葉をかけられたイナは、小さく頷いて、また笑った。
──
部屋の反対側では、ベルが膝を抱えてむくれている。
「……わたしも、やりたかったのに」
どうやら順番待ちが長すぎて、拗ねてしまったらしい。
でもその視線は、バトルスピンの煌めく軌跡をずっと追いかけていた。
風と水が、ふたたび交差し、くるりと弾ける――
そのたびに、ベルの目がきらりと光る。まるで、言葉には出せない“うらやましさ”が混じっているようだった。
「順番ね、ちゃんと回すから。次、ベルでいいよ」
リリィがそう言ったとたん、ベルの顔がぱあっと明るくなる。
単純。けれど、そこがベルのかわいらしさでもある。
──
そしてその様子を、部屋の入口で見つめていたのが、リアナだった。
そっと肩を寄せるように扉の横に立ち、誰の邪魔もしないよう静かに視線を向けている。
(この子たちも……いつか、ジャックやリリィみたいになるのかしら)
目の奥に宿るのは、期待でも、不安でもない。
もっと柔らかく、母のような静けさと願いが混じった光だった。
──
場面が切り替わる。
日が少し傾きはじめた室内には、静かな空気が流れていた。
だが、その“静けさ”はけっして退屈なものではない。
「……えいっ」
ベルがひとりでスピンを回している。さっきの拗ね顔はどこへやら、真剣な眼差し。
けれど数秒後には「うー、また転んだ~」と悔しそうに唸っていた。
その近くでは、ラウとイナが再び絵本とパズルに戻っている。
ことばの石板の横に、どうぶつスライドパズル。どちらもお気に入りの魔道具だ。
「おっとっと~!」
間違ったパーツを置いたとたん、ぞうさんボイスの励ましが飛ぶ。
そのたびにイナは「うぇへへ」と笑いながら、ラウの顔を覗き込んでいた。
「ここ……このビーンズ、さっき跳ねすぎた」
トモが呟きながら、クラッシュビーンズの軌道を紙に写し取っている。
観察好きの彼にとっては、あの一瞬の弾きも、きっと重要なデータなのだろう。
そのすぐ後ろでは、ヨナが《スマイルベイン》の球を転がしながら、音の違いをチェックしていた。
耳を澄ませ、録音用の小さな魔道具を操作するその姿は、まるで小さな技師だ。
「……こういう日って、大事だよね」
ぽつりと、リリィがつぶやいた。
誰に向けた言葉でもない。けれど、その場にいた全員の耳に、たしかに届いた気がした。
にぎやかで、でもおだやかな空間。
魔道具の光も、声も、回転も――そのすべてが、この村に満ちた“今”という時間を彩っていた。
そして、その日がそっと暮れていく。
──
(ラスト・AIアリスの語り)
……ふたりの小さなスピンは、今も回り続けています。
まるで、無限に広がる未来の縮図のように。
いやいや、大げさ? でもほら、どんな技術も、どんな理論も――
最初のきっかけは「楽しい」から始まったりするものでしょ?
次回は、ちょっと“真剣”なお話になるかも?
ではでは、またあなたの耳元にお邪魔します。
――アリスより。




