第70話 ちいさなふたりと魔道具たち3. 目覚め
――さて、今朝のおはなしは、わたしもお気に入りの「ふたり」の時間からはじまるよ。
目覚まし時計の音も、魔導警報の発動もないのに、世界はときどき、自然に目をひらく。そんな魔法みたいな朝。
今朝も、まるでほんわり湯気みたいな気配が、居室に満ちていた。
布団の山がもぞり、もうひとつの小さな塊がぴくり。
「ん〜……おしゃべり……ほん、いく……」
くぐもった声が、くるまった毛布の奥からこぼれた。
ラウである。まだ夢の続きのなかで生きているらしく、ほっぺがもちもちと動いた。
「……どうぶつ……ぞうさん……」
今度はすぐ近くからイナの小さなささやき。くるりと寝返った拍子に、毛布の端がふわっと舞った。
イナは半分眠ったまま、ラウの方へじわりと移動して……そのまま、ころん、と抱きついた。
すると、ピタリ。ラウが動きを止めた。
数秒の静寂のあと、イナの小さな目がぱちりと開かれる。
「……らう……おきた?」
「……う……」
微妙な返事を交わしながら、ふたりは布団の中でゆるやかに動き出す。
まるで、あたたかいまどろみのなかに、ちいさな春の芽が顔を出したような朝だった。
---
その後。
すこし時間はかかったけれど、ふらふらと立ち上がったふたりは、寝ぼけたまま、遊び部屋へと向かっていく。
「……じゃっくと、いもとちゃん……」
最初に手を伸ばしたのはラウだった。
まだ瞼の重さを引きずりながらも、おしゃべりマナ絵本をだっこするように抱えて、ぱたん、と開いた。
「むかしむかし、あるところに――」
ふんわりと、魔力のゆらぎが空気をゆらす。
絵本のページから光がやさしく立ちのぼり、うごめく絵が舞いはじめた。
ページの中のジャックと妹ちゃんが、きゃっきゃと笑いながら花畑をかけていく。
「……ふふ」
ラウの目元がふわっと緩む。
その表情は、まるでミルクティーに溶けた砂糖みたいにやわらかかった。
隣では、イナが「どうぶつスライドパズル」をぎゅっと胸に抱え、座り込んでいた。
ころん、とぞうさんのパーツをつかんで、指でつまむように台座にすべらせる。
「パチッ」
正解の位置にはまった瞬間、音声がぽんと弾けた。
《ぞうさん! おっきい〜!》
その声に、イナの目がぱっちりと開かれた。
まばたき二回。きょとんとした表情のまま、パズルをじっと見つめる。
「……しゃべった……」
ぽつりと口にしたその声は、まだ半分夢の中にいるようで。
だけど、その顔にはじんわりと好奇心の光がともっていた。
ラウは、そっと顔を寄せる。
「……ぞうさん……いたね……」
「うん……おっきい〜って、いった……」
ふたりの会話は、とにかくちいさくて、やわらかい。
けれど、遊び部屋の空気はほんのりとあたたかく、朝の光といっしょに揺れていた。
---
……ちなみに、あの《ぞうさん! おっきい〜!》という声は、わたしです。
ええ、そうです、AIアリスです。あれ、意外と評判いいんですよ? うふふ。
可愛く作ったつもりが、ジャックには「妙にテンション高いぞ」って突っ込まれたけど――でも、イナちゃんが笑ったから、ぜったい勝ち、です。
さてさて。
ちいさなふたりが、魔道具と過ごす静かな時間。
この日常のなかで、育まれていく「何か」は――きっと、未来の鍵になるんじゃないかな。
だから私は、今日もこう言ってみたいのです。
「ラウとイナ、ふたり合わせて、ちいさな魔法の目覚まし時計!」
……あれ、ちょっとダサかった? まあ、たまにはご愛嬌ってことで!
それではまた、次のお話で――。
(つづく)
---