第7話 師事の始まり4. グレイの過去と忠告
(アリス・モノローグ)
知識は、炎に似ています。暖かく灯すか、焼き尽くすかは、それを扱う者の器しだい。
これは、ある少年と、一人の老魔導士が――知の火種を受け渡す、その瞬間の記録です。
冷たい石の地下室、ふたつの魂が交錯しました。さて、それが火種になるか、火薬庫になるか……。
* * *
「……お前は、新しい流れを作る者かもしれんな」
それは、まるで風が止む前の森のささやきのように、静かでいて不思議な重みのある言葉だった。
グレイの地下室――というには、ちょっとした魔導研究所並みにゴチャゴチャと物が詰め込まれたその空間で、ジャックは目を輝かせていた。手のひらに乗る小さな魔導盤を前に、しゃがみこんでニヤニヤしているその姿は、どこからどう見てもただの村のガキンチョでしかない。
が、グレイには見えていた。あの子どもの中にある、異質な“構造”が。
「お師匠さま? 今のって、どういう意味……?」
ジャックが顔を上げる。手には、彼がさっきから「if文に似てる」と呼んでいる謎の制御構造付き魔導盤。グレイはその顔を、しばらく見下ろした。
「……わしが若い頃、王都の研究院におったのは話したか?」
「うん、ちょっとだけ。でも、詳しくは――」
「話すほどのことでもないさ」
言葉とともに、グレイは錆びた金属の台に腰を下ろした。床のきしみと一緒に、重い記憶がゆっくりと流れ始める。
「わしはな、魔法を理屈で解き明かしたかった。奇跡だの神秘だのではなく、構造と論理で、魔法の“仕組み”を理解したかったんじゃ」
「あ、それ、すごくわかります!」
ジャックがパッと手を挙げる。その目は完全に「見つけた!」という犬みたいな顔になっていた。
「うん、うん、俺もね、動作と結果の関係とか、どうしてループするのかとか、すごい気になるんだ! だって“言葉”だけじゃ、たぶん説明つかないですよね、魔法って」
グレイは、思わず鼻で笑った。
「ふん、まるで昔の自分を見ているようだ。もっとも……わしは“昔の自分”を追い出されたがな」
「追い出された……?」
「研究院におってもな、理屈や仕組みにこだわる者は嫌われる。魔法は感じるものだ、流れに任せろ、という声が大きかった。おまけに、わしのやり方は“冷たい”とか“人の心を無視している”とか、言いたい放題よ」
グレイの声には、怒りよりも、哀しみのにじむ疲れがあった。
「最終的に、わしは“異端”として追い出された。田舎に庵を構え、こうして森の中でちまちまと研究しとる。年をとってからはそれでも気楽だったが……お前みたいなやつを見ちまうと、な」
グレイは、ふとジャックを見つめた。静かで、どこか切ないまなざし。
「……羨ましくも、あるんじゃ」
「でも、でもね」
ジャックは、ぽん、と魔導盤をそっと置いた。そして真っすぐに、老魔導士の目を見た。
「俺、この知識、もっといろんな人に広められるようになりたい。仕組みがわかれば、無駄な努力や苦しみを減らせるかもしれないし、もっと自由に魔法が使えるようになるかもしれない」
「――“自由”か。なるほどな」
グレイは目を細めた。それは、ほんの一瞬の微笑でもあった。
「だがな、坊主。お前がやろうとしてること……そのとき、お前は“世界”を敵に回すかもしれんぞ」
重い、しかしどこか優しい忠告だった。炎のように燃え上がる想いの裏に、広がる暗闇を知っている者の声。
だが――
「……でも、アリスと一緒なら、なんとかなる気がする!」
ジャックは、あっけらかんと笑った。まるで「明日も晴れ!」と言っているかのような無邪気さと、不可思議な確信を持ったその笑顔に、グレイはまた苦笑した。
「おぬし、ほんにおかしな農民のガキじゃのう……」
「ふふん。褒め言葉と受け取っておくよ、師匠」
そのやり取りは、まるで冬の森に差し込んだ陽だまりのようだった。
グレイの中で、何かが静かにほどけていく。
そして、未来のどこかで確かに芽吹く“何か”の音が、聞こえた気がした。
* * *
(アリス・モノローグ)
こうして、知識は渡された。
老いた手から、幼き手へ。構造という名の火種が、静かにともされた。
そしてジャックは、それを遊び心と好奇心でくるみながら、燃やしていく。
――世界がまだ、その火を認識する前に。




