第69話 連環防壁構想始動7. 初運用決定
(冒頭・AIアリスの語り)
この世界で防御といえば、たいてい「バリア張りました!」で済む。シンプル、だが脆弱。
悪意とは、ねじれて侵入してくるものなのだ。正面から来るとは限らない。むしろ、背後の盲点、油断の隙、心の揺らぎにこそ入り込む。
さて、グリム村の研究所が――いや、正確にはジャックと彼のチームが――とんでもなく複雑で、やたらと連携重視な防御網をこしらえた。名付けて、「リンク防御網」!
…って、わたしは名付けてないけどね。責任は取りませんよ。
さあ、これが初めて運用される。魔力と知恵が編んだ防壁の、最初の一歩。その足音は……果たして、希望の鼓動か、それとも崩壊の前触れか?
――アリスの解析ログ、起動します。
―――
「……完成、したのか」
低く、静かな声。
それは目の前にそびえる半球型の魔導結界――“リンク防御網・統合試作体”を見上げたジャックの口からこぼれた。
場所はグリム村研究所前の広場。
ここはいつしか、村の中心的な試験場となっていた。空は晴れ、雲一つない。けれど、広場に立つ誰もがその空を見ていない。全員が視線を、地面に設置された複雑な陣と、結界を支える光の柱群に注いでいた。
「構造解析、完了。ノード間の魔力伝導、安定しています」
ユウナ・セレスティアが、端末のような魔道具を操作しながら報告する。
「各ユニットの反応速度、規定値内。再構築誤差、ゼロ点三未満」
続いて、エリス・グレイラ。指先が光る魔術式をなぞりながら、顔はニヤリと満足げ。
ジャックはゆっくりと歩を進めた。中心部には、アエリア・シェルの核となる制御球――自作の高密度魔力コアが鎮座している。
その周囲を囲むように、サラとカイルが配置された補助魔道具を調整していた。
「魔力導流、良好。ユニットαからδまで、均等に供給されてます」
サラの声は、いつもより少し張り詰めている。カイルも頷きながら、淡々と狙撃ユニットの視線誘導範囲を再チェックしている。
そして、その中心核――魔力供給ユニットから、ぽよん、とリリィが飛び出した。
「にいさーん、魔力量の供給、ぜーんぶ調整できたよ!」
魔法衣を着た小さな少女は、頬をほんのり赤くしながら胸を張る。
実のところ、リンク防御網の魔力総量の半分以上を担っているのは彼女だ。
「さすがだ、リリィ。耐久も、反応も完璧だった」
「えへへー、がんばったもんっ」
にこにこしている妹の頭をなでながら、ジャックはもう一つの視線を感じた。
それは、実験場を囲むように集まった研究所員たちからのものだった。
年齢も種別も様々な、グリム村の知恵の担い手たち。
その誰もが、口をつぐんだまま、目を見開いていた。息を呑む音が、あちこちから洩れている。
「……あれだけ分野が違ったパーツが、一つの目的で動いてる……」
アイザックが小声で呟いた。それにユリスが応じる。
「各所の魔道具を“ただ繋げる”んじゃなくて、反応・判断・出力まで統合してる。……これは、防御じゃなくて――」
「魔力による“判断システム”……そう言っていいわね」
サラが補足する声は、もはや驚きを隠さなかった。
ジャックはゆっくりと、全体を見渡す。
感知センサーは風に揺れ、反応ユニットが細かく呼吸しているように脈動し、誘導補助装置の魔術式が美しく回転していた。
彼の内側では、アリスの音声が低く鳴っていた。
《全ライン統合確認。自律制御ルーチン、作動可能域に移行。ゲートウェイミニ周辺環境との共鳴率、82パーセントに到達》
「――テスト開始地点は、“ゲートウェイミニ”周辺だ」
その言葉が発せられた瞬間、場の空気が変わった。
「現地には高頻度で登録魔力と異常魔力が混在する」
「都市への転移経路であり、外部魔力の侵入ポイントになり得る」
「何より、即応性が求められる場面だ」
それぞれの所員が、脳内の地図を素早く思い描いていく。
「リンク防御網、初起動地点としては申し分ない……!」
誰かがそう呟いた。その声が引き金となって、ざわついていた空気に緊張の静けさが戻っていく。
ジャックは一歩、制御コアの前に進み出た。
そして、右手を掲げて、全体に声を届けた。
「これは、“僕たちの知性”を宿した防御線だ」
風が吹いた。リリィの髪が揺れる。誰もが目を伏せない。
「破られれば、それは僕らの未熟さ。――けど、守れれば、次の都市が救われる」
その言葉には、叫びではなく確信があった。
感情ではなく、積み重ねた理と、共有された意思。
「起動準備、開始」
ユウナの声が響く。
「ユニット各班、配置確認!」
サラが指示を飛ばす。
「目標座標、ゲートウェイミニ周辺。魔力同期、カウントダウン開始!」
カイルの冷静な声に、ざっ、と足音が広場を満たす。
魔道具たちが目覚める音がした。
パチ、パチ、という魔力の光点。ゴウン、と低く唸る回転音。
中央の魔力核が、ジャックとリリィの魔力を取り込みながら淡く輝く。
その輝きが、都市を守る希望となるか――それは、次の瞬間に試される。
―――
(ラスト・AIアリスの語り)
ふむ、あれだけこねくりまわして作られた防御網が、ちゃんと動いたら奇跡ってやつじゃない?
けど――彼らは、奇跡を“理論と実験”でたぐり寄せる種族だ。希望の形を、数式と意地で編み込む。
リンク防御網、起動。
次回、『第70話 適応する結界』
……はい、全力で“反応”してもらいましょう。世界の悪意に。