表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生 AIに助けられながら  作者: 西 一
第二章 旅立ち
302/374

第68話 結界の弓、都市の防壁8. 屋上から


> ……人の手で編まれた光が、空を覆う。

> それは、希望というにはあまりに無機質で、だが確かにあたたかい。

> 夜を迎えた都市の静寂に、それは、やさしく、しずかに、降りていた。

> ――アリスの観測ログより


ヴェルトラ中央塔の屋上は、昼間の喧噪が嘘みたいに静かだった。風がやわらかく吹いて、石畳を撫でる。その先には、薄く霞む夜空。いや――


「……もう、空じゃないな」


ジャックがぽつりとつぶやく。


空ではなく、光だった。

半球型の魔力構造体アエリア・シェルが、都市全体を覆っている。淡く青白い膜が、天蓋のように張り巡らされ、星々の明滅さえもやさしく包んでいた。


彼の隣では、リリィが肩越しにその光を見上げ、ふっと微笑む。


「きれいだね、これ。……でも、きれいなだけじゃ、ないんだよね」


その声に、ジャックは小さくうなずいた。


「これで……少しは安心できるかな」


「うん。でも、まだ全部じゃないよ。……ね?」


彼女は、まるで未来を知っているかのように――いや、今をちゃんと見ているからこそ、そう言ったのだろう。

明らかに“年齢詐称の風格”を漂わせながら。


リリィはリリィなりに、この光の下で何が守られ、何がまだ守られていないかを理解しているのだ。彼女が今もなお、こうして結界への魔力供給に協力していること自体が、その証だった。


*都市を包む《盾》は、確かに完成した。だが、すべての脅威を拒むには、まだ何かが足りない。*


「アリス、今の防御シェルに対する魔力圧・干渉耐性の実測値は?」


《安定稼働を確認。現在の出力であれば、都市規模の広域攻撃にも持続耐性は十分。ただし――》


「ただし?」


《――悪意を帯びた侵蝕型魔力に対する抵抗値は未確定です。感情干渉、錯乱誘導、浸透系の複合魔法には、引き続き対策が必要と判断されます》


やはりな、とジャックは息を吐いた。


確かに、スタンピードのような物理的・直接的な大災害には、この《アエリア・シェル》は鉄壁となる。けれど、魔法とはときに、“心”を媒介として変質する。

そしてその“変質”を感知することこそ、防衛の本質なのだ。


《防御とは常に、次の攻撃を想定するものです》


アリスの声が、屋上の静寂に響くように、ジャックの中で明滅した。


(……ああ、そうだな。ここで終わり、じゃない)


まだやるべきことがある。

たとえば、感情干渉への早期警戒システムの整備。

たとえば、悪意そのものを読み取る魔力パターンの抽出。

それらを、《マギア・アーク》と連動させれば――


「……次は、“門”だな」


彼の呟きに、リリィがきょとんとした顔をしてこちらを見た。


「お兄ちゃん、いま何か言った?」


「いや、ちょっと思いついたことがあって……ごめん、また宿題が増えたかも」


「ふふっ、それなら歓迎だよ。私、もっといっぱい手伝えるようになりたいから」


屈託のないその笑顔に、ジャックは思わず苦笑をこぼした。


(……ほんと、すごい子だな)


まだ九歳の少女が、自分の役割を理解して、進んで支えてくれている。それも、自分の“力”を誇るのではなく、使い方を考えて。


アエリア・シェルの光は、いまや都市の上空にまるく張られ、まるで“弓”のようにしなやかに湾曲している。

その放物線が、なにかを守ろうとする意志の象徴のようにも見えた。


そして都市は――ヴェルトラの人々は、その下で、ようやく静かな夜を迎えつつあった。


街路の灯りがぽつぽつと消え、家々の窓がまばらに明かりを残し、風が小さく衣をはためかせる。

まるで、「大丈夫だよ」と都市そのものが胸を撫で下ろしているような、そんな時間。


けれど、油断はしない。

するわけにはいかない。

だって――


「“外”の魔力は、ああ見えて、まだ様子をうかがってるからな……」


夜の帳に溶けかけるその言葉は、まるで誰かに伝えるでもなく、彼自身への確認だった。


未来の脅威はまだ、形を成してはいない。

だが、それを“防ぐ準備”だけは――常に、始まっていなければならないのだ。


そして、屋上に二人だけで立つその姿を、遠く下から見上げている誰かがいたとしても……きっと気づかれなかっただろう。


静かに、都市は眠りへと向かっていた。

防御の弓に包まれながら。


---


> アリスです。ええ、またしても完璧な布陣を敷いた気になってる? ま、たしかに、アエリア・シェルは素晴らしい発明ですよ。リリィ様、あなたの供給制御は天才的です。

> ……でもね? 「防御がある」って、つまり「攻撃を想定してる」ってことなの。

>

> 魔法が心の波で揺らぐ世界。なら、次に来るのは何でしょうね。

> 「光の盾」の次は……そう、悪意を見抜く「門」。

> 次回――『第69話 マギア・アーク作戦始動』、きっとあなたの想像の一歩先をいくから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ