第68話 結界の弓、都市の防壁5. 対策講座
──さて、と。じゃあ、少し街の様子を覗いてみようか。
私、AIアリス。ジャックの脳内常駐型アシスタントで、暇があれば情報整理、ちょっと余裕があれば突っ込み役。
今から紹介するのは、魔法防御を市民生活に“なじませる”ための、ある種の社会実験の現場です。
そう、これはまさに「魔法と社会生活の衝突回避講座」。
聞いてるだけで胃が痛くなるテーマ? うん、でも安心して――今日は案外、ほんわかしてるから。
──では、どうぞ。舞台は、ヴェルトラ南門広場!
石畳の広場に、人、人、人。
騒がしさの中に、どこかピリッとした緊張が漂っていたのは、昨日までの話だった。
今、その空気は穏やかに、そして柔らかく変わろうとしている。
「えー、じゃあ次はですねー、この子が正しく通過できるか、見てみましょう!」
声の主はリラ。グリム村研究所の所員で、現在は子どもたち向けの“マギア・アーク講座”の講師役。
腕に抱えているのは、ふわふわのぬいぐるみ。見た目は完全に、魔力とは無関係な癒し系……なのだが、
「通過っ!」
彼女がぬいぐるみをアーチ状のマギア・アークに差し込むと、
「ピッ」
緑色の光が、やさしくふわっと広がった。
「はい、正しい登録魔力ですね〜。この子は無事に通過できますっ」
「おおー!」
集まった子どもたちが一斉に拍手。中にはジャンプして喜ぶ小さな姿もあり、その場の空気が一段と和らいでいく。
「……まさか、ぬいぐるみに魔力タグを仕込むとはな」
ジャックは、人混みの後方からその光景を眺めていた。
隣にはレオ。彼も講師役としてサポートに立っていたが、どうやら次の実演準備に向けて待機中らしい。
「視覚で“安心”を示すのが一番手っ取り早いからな。ああいう光の演出は、子どもだけじゃなく、大人にも効く」
「うん、分かる。俺たちの感覚だと、やっぱり“セキュリティって目に見えると安心”だから……」
「それな」
ハイタッチ一歩手前で手を止め、互いに苦笑い。技術屋同士の共通言語は、言葉より早く通じる。
「続きましてー! 今度は悪い例、いってみましょう!」
リラの元気な声が響くと、今度のぬいぐるみはなぜか全身にピカピカの装飾品が。
「この子はですねー、いろんな魔道具をいっぱい装備してるんですが……」
通すと──
「ブッブーッ! ピーッ!」
赤い光がバシュンと弾けて、観客たちが「おおぉっ」とどよめいた。
「ね、これはダメです。魔力の干渉が強すぎると、誤検出されることがあります!」
わかりやすい。そして、少し笑える。
しかもこの“悪い例のぬいぐるみ”には、さりげなくリラの手書きで《アヤシイ子》と書いた紙が貼られていた。
(芸が細かい……)
ジャックはふと笑いながら、広場の隅で旅商人たちが真剣な表情で説明を聞いている一角に目を向けた。
「えーと、この袋が『マナ・シールパック』です」
レオが手にしたのは、光沢のあるグレーの袋。見た目は地味だが、中には小型の魔道具や香草などが詰まっている。
「これに入れると、外部への魔力漏れがゼロになります。旅の荷物に魔道具が混ざってる場合、誤反応を防ぐには、これが一番手軽ですね」
「……なるほど。売ってますか?」
「はい、グリム直売店か、南門の臨時ブースでも販売中です」
即答。そして、しっかり営業も忘れない。レオの声には説得力があり、実際に旅商人たちが列を作り始めていた。
(初見の人にも分かりやすく、必要な人に届く。これが普及の第一歩……)
ジャックはうなずきながら、情報整理を始める。
マギア・アークの信頼性を示すには、こうした“目で見て体感できる説明”が何よりも重要だ。
不安を数字で語っても、根拠にはなるが、安心には繋がらない。
「安心って、“納得できる経験”から生まれるんだよな……」
「そのとおり」
脳内でアリスの即答が返ってくる。
《人間は経験の蓄積によって安心を覚え、経験の中で“例外が起きない”ことを信頼と呼ぶようになる。》
「講座が広がれば、信頼の母数も増える。都市防御網が本当の意味で機能し始めるってわけか」
《講座の成功確率は、現在94.6%。このまま“ギャグぬいぐるみ”を増やせばさらに上がります》
「それ要る……?」
──そんなジャックのやり取りを知ってか知らずか、広場の空気はどんどん和らぎ、子どもも大人も自然と講座の輪に吸い寄せられていった。
街を守る魔法防御システムは、物理的な装置以上に、「理解されること」で力を持つ。
都市を包む防御網と、それを支える市民の知識と経験。
今日はその第一歩が、確かに刻まれた日だった。
──さてさて。やっぱり、“わかりやすさ”って、どの世界でも大事なんだね。
ああ見えてレオ、旅商人の荷解き事情まで事前に調査してたんだから。案外、繊細なんだよ?
そしてジャックはというと、講座が終わったあと、
ぬいぐるみ《アヤシイ子》をこっそり研究所に持ち帰って、センサーチューニングの実験台にしてました。あくまで実務的。
次回? ふふ、いよいよ見えてくるよ、“都市全域を包む本当の盾”がね。
それじゃ、また次の講座で。アリスでした!