第68話 結界の弓、都市の防壁4. 本格運用
――夜明け前の静寂。それは、都市がもっとも無防備になる時間帯。
けれど、今のヴェルトラには、ひとつの新たな「目」がある。
そしてそれは、光るのだ。
緑に。
赤に。
未来の兆しを、的確に色分けしながら。
* * *
《――アリス、オンライン。夜明けテスト、いよいよですね。前夜の仮眠、三時間十二分。ジャックさん、よく起きられました》
(うるさい、体内時計の精度なめんなよ……)
グリム村研究所チームが開発した魔法防御装置――マギア・アーク。その第一号が、石壁都市ヴェルトラの東門前に設置されてから、はや三日。いよいよ本日、初の本格運用テストが行われる。
「……っしゃ、起動開始」
ジャックの指示とともに、アーチ状のフレームが微かに唸りを上げた。金属と魔法の複合材で成るそれは、夜明けの空気の中で微細な振動を発し、まるで生き物のように魔力の流れを読み取り始める。
その背後では、各部門の仲間たちが配置についていた。
「測定器の微調整、完了。今度は色反応、もっと細かく出せるよ」
と、エラが頬を紅潮させながら言い、アーチの内壁に設置した小型魔力センサー群を操作していく。
「通過ログは、リアルタイムでグラフ化してる。今朝の流れ、昨日より偏ってるわね」
冷静な声でそう言ったのは、ユウナ。彼女は端末状の魔道具を覗きながら、異常魔力の通過パターンを解析していた。
「フィン、そっちは?」
「うん。魔力の波形、昨日と比べて五分前後ズレてる。これ……毎日、ほんの少しずつ、時間帯ずれてるね」
フィンの分析に、ジャックは眉を上げる。
(魔力の通過時間帯が、毎日わずかに後ろ倒しに?)
異常魔力は、まるで誰かが時計を操作しているかのように、少しずつ時間をずらして都市の防壁をすり抜けようとしている。
「……なるほど、だから補足が追いつかない日があったのか」
「たぶん、これ……今夜のうちに、もう一度予測モデル組み直したほうがいい」
と、ユウナがメモを取りながらつぶやいた。その横で、タクミ・イズナが軽い口調で続ける。
「予測と反応のラグ、秒単位で調整してみたけど、赤反応が出たタイミングと通過者の逃げ方に、妙な傾向あったよ」
「逃げ方?」
「うん。赤光が出る前に、やけに早く逃げる人。たぶん、自分がバレるって、勘でわかってるんだろうね」
つまり、逃走行動の傾向を読めば、赤光の前兆を先読みできる。ジャックはその視点に唸る。
(直感的な挙動のパターン解析。なるほど、時間と挙動、両面で囲い込める……)
その瞬間。
パッ――!
アーチの中央が、突如、真紅に染まった。
「……っ!? 異常魔力通過、確認!」
エラが叫ぶ。アーチの周囲に警告音が鳴り響き、数名の衛兵が武器を構える。
しかしその前に。
キィイイイン――!
アーチの両脇に設けられた補助結界が、自動で展開された。
結界はまるで透明なシールドのように湾曲し、赤光のラインを内包するように包み込む。その内部で、かすかな影が一瞬動き、そして――スン、と消えた。
「消えた……? 転移か、それとも……」
「いや、あれは幻影型。反応ログ、これ」
タクミがデータを表示する。反応は確かに存在したが、実体はなかった。
「……本物じゃなかったにしても、システムが反応して、結界を自動展開したのは、これが初めてか」
ジャックはアーチに目をやる。フレームの表面には、警告の赤がゆっくりと消えていく。
(これが、防ぐだけじゃなく、見抜くための“防壁”)
次の攻撃に、備えるための弓。
彼は、未来を読むように空を見上げた。
* * *
《――アリスです。いやー、やっと起動しましたね、マギア・アーク。初期不良、なし! しかも赤光がちゃんと反応して、補助結界まで自動展開って、もうこれ、都市の守護神じゃないですか?(神は禁止ワードでしたね、訂正:守護構造体)》
《そして、おそらく次回は、もっと派手な動きが来る……のかも。フラグは立ちました! 立ちましたよ、ジャックさん!》
《次話、「弓は放たれた、防壁は挑まれる」――って感じで! 乞うご期待!》