第67話 融合試験2. 出力テスト
――え? なんで畑の真上に結界?
いやいや、これは防衛試験。誰も野菜をいじめようとしてるわけじゃないんですよ。ほんと。
さて、空に浮かぶその半球形の光――名を『アエリア・シェル』。
これは、“空からの脅威”を前提とした広域防御システム。
今日の主役は、空と畑、そして――ちょっと暴れたがる魔力たち。
では、試験開始!
◆ ◆ ◆
「展開準備、完了。いくよ!」
リリィが両手を軽く掲げると、彼女の小さな体から、ふわりと温かな魔力の波が立ち上がった。
風もないのに、畑の上空にうすい光がゆっくりと広がっていく。
淡い虹色を帯びたその膜は、まるで呼吸をするように――膨らみ、震え、そして形を整えていった。
「……出た、半球。いちおう今日の目標通りだな」
ジャックは頭上の“光のドーム”を見上げながら、胸の奥で慎重に魔力量を抑える。
こちらが本気を出すまでもなく、リリィの魔力だけでこの展開速度。
つくづく恐ろしい妹である。
「アリス、シェルの振動周波数、問題なし?」
『魔力膜の共振パターン、安定範囲内。歪み値も初期数値に準拠しています。あと、リリィちゃん、ほんとに優秀。』
「知ってる」
思わず即答してしまったのは、兄として当然の義務である(たぶん)。
そのとき、
「ん、ログに微細な乱れ。……ちょっと待って、ラウル確認中」
声を上げたのは、研究所でも最年少チームに入る少年――ラウル=ファルティア。
まだ七歳の小さな体で、魔道具制御パネルを前に目を凝らす姿は、真剣そのもの。
「うーんと……誤差反応、やっぱ出てる。補正コード再投入……はい、行けた!」
ピッ、とラウルがキーを打つと、アエリア・シェルの上部に一瞬だけ走った“波紋”のような歪みが、ふっと消える。
「歪み、復旧……再展開、完了」
言葉にしたのはラウルだが、その横で何かを勝ち誇ったように手を組んでいるチカの姿があった。
「えへへ、さっき補正コードの整理、手伝ったの。ね、ラウルくん」
「うん。チカちゃん、すごく見やすくしてくれた」
うんうんと頷き合う二人。ジャックは思った。
(……こういうのが、なんか一番“魔法と科学の融合”っぽいよな)
とはいえ、ただ結界を張って眺めているだけでは試験にならない。
次のステップ――模擬攻撃による耐性チェックへ移る。
「狙撃、いきます」
言ったのは、冷静沈着な狙撃魔法のエキスパート、カイル・アーガス。
試験用の魔法は、彼が設計した無属性の高速魔力弾。
「反射より屈折の影響を見たい」とのことで、あえてドーム中央へ正面から打ち込む設計だ。
「《スナイパー・ライン》、発射」
――シュッ!
青白い光線が一直線に空を裂く。
アエリア・シェルに到達した瞬間、光が“グニャリ”と曲がった。
それはまるで、水の中に棒を差し込んだ時のような視覚的屈折。
魔力の膜が、侵入方向を微妙にずらしたのだ。
「狙撃の軌道、内部ではわずかに屈折……。対応は可能だが、警戒が要るな」
カイルが淡々と報告する。だがその言葉の裏には、“割れなかった”ことへの安堵も含まれていた。
「構造に破綻はなし。膜の厚み、目標数値にほぼ一致。エラ、ミナの事前計算、的中だな」
「うふふ、でしょ? あたし、カタリナ先生の理論式、ちゃんと改造したんだよ!」
エラがドヤ顔でタブレット型の魔導計算板を掲げ、
その隣でミナも、小さくガッツポーズを決める。
「わたし、誤差率を三%以内に収めたかったの。リリィちゃんの魔力量、変動が大きいから……」
「今の時点で、出力六割ってとこかな」
ジャックは結界膜の縁を眺めながら呟く。
あと四割、限界まで引き上げるには――まだ調整の余地がある。
彼の脳内に、もう一人の存在がふわっと現れる。
『ジャック、物理干渉の許容量。もう一段階、上げられますよ。リリィちゃんの魔力量、回復サイクルに余裕があります』
「なら、あと一発。今度は角度をつけて、跳ね返りも含めて見ておくか」
そして、再び狙撃が放たれる。
結界に当たった魔力弾は、まるで跳ね返るように――ギュン!と弧を描いて逸れた。
それを見たラウルが、「おおー」と声を漏らし、隣のチカがすかさず解説を入れる。
「このときの屈折率、ラウルくんが調整したパラメータが効いてるの!」
「えへへ……たぶん、合ってた」
そう言いながら、なぜかドヤ顔のラウル。どこかで覚えた顔芸らしい。ジャックはふと眉を上げた。
(……いや、それどこで仕入れたんだ)
◆ ◆ ◆
こうして、アエリア・シェルの出力テストは、一応の成果をもって第一段階を終えた。
まだ試すべき展開条件は山ほどあるが、
「空を覆う防御」としての基礎機能は、現時点で合格といっていい。
もっとも――
『このあと、ジャックくんが“やらかす”のは、また別の話ですね』
アリスの声が、脳内で少しだけ楽しげに響いた。
次は「融合」だ。
結界と結界、異なる魔法同士、重ねるには“揃える”必要がある。
だからこそ――この空の膜は、まだ“序章”にすぎない。
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(次回:第67話「融合試験」3. 同調・重ねる意志)
『じゃ、またねー。空の盾は……まだ、ほんのひとひら♪』