第63話 二つの研究所の日常5. 始まりの拠点
【AIアリスの語り】
「観察中──、おっと、今日もグリムの天才チームは元気に大気と魔力をかき混ぜております。どーも、AIアリスです」
ここはヴェルトラ。石壁に囲まれたオルネラ公国の首都にして、今では“もう一つのグリム”とも言うべき拠点が築かれております。都市開発と魔法防衛を両立させる、この無茶な任務……成功するのかって?
――そんな疑問、今さらです。やると決めたからには、もう前に進むだけ。
だって、「始まりの拠点」って、カッコつけた名前を付けちゃったんですから。
それでは、現場の様子をどうぞ──。
***
ヴェルトラの東端、防御実験区。
石壁都市の外壁に寄り添うように、いくつかの機材と魔方陣が並んでいた。
小型バリア展開装置を囲むように、子どもたちがわらわらと集まっている。
「これでいい。次、A3地点を──展開開始」
ユリスの合図とともに、空気がピリリと震える。瞬間、シュンッと音を立てて半透明の防御バリアが浮かび上がった。青白い光が石畳を照らし、ティナが思わず声を上げる。
「わっ! ほんとに光った! ピカってしたーっ!」
「それもう三回目だよ、ティナ」
チカが隣で呆れつつも、笑っている。
「でも……毎回違う光り方するんだよ。さっきのより、ちょっと青かった気がする」
「トモ、また絵に描いてるし」
チカの視線の先では、トモが地面にしゃがみ込んで、手帳にバリアの光の形状と発生時の音を書き込んでいた。ページの隅には「ピカ色:空色寄り」「音:シュン・タイプ(中)」と、謎の分類がされている。
彼らが取り組んでいるのは、“局所展開型魔法防御システム”のフィールドテスト。
つまりは、都市の壁を守るための新しいバリア実験だった。
ユリスは子どもたちの中心に立ち、バリアの制御板を操作しながら説明する。
「このバリアは、攻撃を感知すると自動で展開される。誰を守るかも選べる設計だよ。だから、もしティナが中にいたら、ティナだけ守って、他の人は外に弾かれる」
「えっ!? じゃあ、わたしだけセーフ? すごーい!」
「いや、だからって攻撃のど真ん中に突っ込むのはナシだからな」
アイザックがすかさずツッコミを入れる。彼は展開位置ごとの魔方陣の誤作動チェックをしており、バリアが何重にも重なる危険パターンを丁寧に潰していた。
「こっちのC区画、子どもでも通れる経路を想定して再配置。万が一、敵が侵入してきてもこのルートだけは……」
「安全に逃げられる! でしょ?」
元気に割って入ってきたのはベル。ピョコピョコと飛び跳ねるように歩き、バリアに突進しようとする。
「わーっ、ベル待って! それ、まだ展開中っ……」
ズボォン!!
「あいたたたたっ!」
「今の、何レベルで感知した?」
「7だね。かなり早い段階で弾いてる」
淡々と答えるのはヨナ。彼女は黙々と感知センサーの数値を端末で確認しており、まるで空気の変化を読むように、バリアの挙動を記録していた。
「うむ、優秀」
小さくつぶやいたのはトモだった。……なぜ評価者ポジション。
一方その頃、実験機材の陰に腰かけて、ティナが目をキラキラさせて言った。
「ねえ、アイザック。わたし、バリアの色変えたい!」
「色?」
「赤とか金とか、きらきらするやつ!」
「……敵が逃げるより先に、味方が目をやられそうだな」
思わず肩をすくめるアイザック。その隣では、チカが微笑みながらベルに包帯を巻いていた。
「痛くても、ちゃんと覚えたね。ここがダメな場所って」
「うぅ……でも、ピカーンってかっこよかった……」
その様子を遠巻きに見ていたユリスは、思わず目を細める。
「防御魔法って、本来は“何も起きないこと”が最善なんだ。でも、子どもたちが楽しそうに試す姿を見ると……不思議だな。こういう研究も、悪くない」
「ん。悪くない」
ぼそっと相づちを打つのはトモ。……やっぱり君、何目線なの。
***
その日の記録が終わる頃、最後にユリスが全体を見渡して言った。
「今日のデータはグリム村研究所に送って、また明日から調整だな。ヴェルトラとグリム、それぞれの研究所が役割を分け合って初めて、この防御は完成する」
彼の言葉に、子どもたちはみんなうなずいた。
――グリム村は、表に出ることなく。
――ヴェルトラは、都市としての表看板を務める。
二つの研究所は、まるで一枚の鏡の裏と表のように、同じ理想を見据えて動いていた。
そして、その始まりの拠点に──子どもたちの笑顔と好奇心があふれている限り。
きっと、この場所は、ただの実験場では終わらない。
【AIアリスの語り:ラスト】
──さて、ヴェルトラ研究所の一日をお届けしました。光って、弾かれて、包帯巻かれて。まるで遊園地のような魔法防御施設。うん、平和ってステキ。
でも。忘れちゃいけませんよ?
平和な日常の裏側には、必ず“備え”がある。
それを支えるのは、まだまだ成長途中の天才たち。そして、何より──
あの男が「面倒見てるから大丈夫」と思われる不思議な信頼感。
次回、
**「第64話 静かなる街の牙」**
守るための牙は、誰にも見えない場所で研がれている──かもしれません。
それでは、また。




