第63話 二つの研究所の日常3. 分かたれた道
──さて、ここからはアリス視点だ。
ねえ、君たち。ジャックって、ほんとに15歳なんだっけ?
やたら冷静で、大人びてて、でも子どもたちの前ではしっかり“お兄ちゃん”してる。しかも今回の判断は──国家規模で見てもかなり大胆だよ。
ヴェルトラを外界との接続拠点に? それ、つまりこういうこと。
**「村は隠す。都市は開く」**
……まあ、簡単そうに言ってるけど、実際は、けっこうな賭けなんだよね。
――でも、面白くなってきたじゃない?
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グリム村・研究棟 会議室。
ジャックの前には、二人の少年。ユリスとアイザック。いずれも、若いけれど確かな覚悟と才気を持った仲間たちだ。
重々しい沈黙の中、ジャックが口を開いた。
「お前たちには……ヴェルトラを任せたい」
静かに告げられた言葉は、しかし、場の空気をビリッと震わせた。
「表の顔だ。人が来る。情報も流れる。そこを管理しきれるのは──お前たちしかいない」
まるで、ひとつの国の礎を託すような言葉だった。
ユリスは一拍の間をおいてから、淡々と、だがしっかりと頷く。
「了解。任された」
それは、逃げ道のない承諾。だが、迷いはなかった。
アイザックもまた真剣な眼差しで応じる。
「人と関わる分、想定すべきリスクも多い。だけど──引き受ける価値はある」
ジャックは微かに笑った。どこか、安心したような。
「他の子たちには、ルミナ・ウォールの設置訓練を進める。自動で反応する防衛網を、村の全域に張りたい」
「実地訓練と並行すれば、すぐ定着するはずだよ」
アイザックは即答した。頭の中ではすでに運用計画を組み立てているのだろう。
「必要なときは、戻る」
「責任を持って、育ててみせるよ」
静かに交わされる言葉の中に、未来の重みがあった。
この瞬間、彼らの中で確かに“道”が分かれたのだ。
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場所は変わって、石壁都市ヴェルトラの研究所──ラボ棟。
こちらはというと、グリム村の“表の顔”を務める魔導開発の拠点として、今日もにぎやかだ。
「光った! 見て、ユリス兄!」
ティナの大声が実験室に響く。ぽん、と弾けるように展開されたのは、半球状の《局所防御バリア》。魔力の気配に反応して、空間を覆う薄い光の膜だ。
「でもまだ範囲が狭いね。もっと広げたい!」
チカが細かな配線を覗き込みながら、ヨナと一緒にしゃがみ込む。
「それ、出力線が交差してる。こっち、もうちょっとだけ間隔を──」
ヨナの小さな指が、配線の一部をすっと持ち上げる。
「ベル、トモ。こっちの端子、押さえてくれる?」
アイザックが制御盤の保護機構を補強しながら、二人に簡単な作業を任せている。彼はこのラボでも現場監督のような立場だ。
「どうしたら魔力効率が良くなるか、考えてみよう」
ユリスは支援魔法で子どもたちの負荷を軽減しながら、優しく声をかけていく。
ラボの中では、ピカッ、ピカッと光が瞬き、そのたびに「わあっ」「できた!」と歓声が飛び交う。
子どもたちが興味を持って、自分の手で装置を調整し、思った通りの反応を得る──その喜びは、教育の本質そのものだ。
「ティナ、その石。どこから持ってきた?」
「ひみつ! でも魔力が染みてる気がしてさー、埋め込んでみたの!」
「うーん……うっすら共鳴してるな。案外ありかも」
アイザックが眉をひそめながらも、設計メモに記録をつけていく。
こうして、グリム村で生まれた知識と技術が、ヴェルトラの中で着実に育っていく。
ラボは、まるで小さな工房のように騒がしく、だが確実に前へ進んでいた。
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グリム村の深奥に残った者たち。
都市ヴェルトラへと向かった者たち。
彼らはそれぞれ別の“道”を歩むことになった。
けれど、その目的はひとつ。
「守ること」──それだけは、変わらない。
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──さて、またアリスの時間だよ。
グリム村とヴェルトラ。二つの拠点が、それぞれの“日常”を始めた。
道は分かたれても、繋がってる。見えない絆で。
そのうち、誰かがぽろっと言い出すかもね。
**「ジャックがいないとこっちが静かで助かる」とか。**
……まあ、それはそれで平和な証だ。
さあ、次はどんな笑顔と事件が待ってるのかな?
To be continued▶▶▶




