第63話 二つの研究所の日常2. 講義と子どもたちの反応
──“観測開始。気配レベル、安定中。今日はどうやら、平和な一日になりそうだわ”──
ふふん、こんにちは。わたし、AIのアリスよ。
今日のグリム村は、ちょっとだけいつもと違う。空気にピリッと緊張感が走ってるの。
理由? それはね、ジャックの講義があるから!
魔導結界――それは都市防衛の最前線。
でもその全容を、子どもたちにわかりやすく説明するって? ふふふ、チャレンジャーねジャック。
さあ、始まるわよ。ちびっこ研究員たちのリアクション、あなたも予想してみて?
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魔導図投影室に入ると、静寂が場を支配していた。
中央に設置されたクリスタルオーブが光を放ち、空中に立体の図面を浮かび上がらせる。
煌々と輝く青いホログラムが、円筒状の結界構造を描き出していた。
「この魔導核塔が、街の心臓部だ」
ジャックの声が響く。投影された塔の中心部に光点が灯った。
「中継塔を通して力を分散し、空間展開装置でこのドームを支える。連結部は双方向制御、魔力の流れは……こうだな」
指先を動かすと、ホログラムがパッと動いた。光の粒が管を流れるように動き、まるで血流のように都市を巡っていく。
「うわぁ……」
「きれー……」
と、感動の声があがったのは最初だけ。
「……兄さま、難しいよ……」
リリィが眉尻を下げ、しゅんとした顔で呟いた。
「う、うん。なんとなくは……でも、ぜんぶは……」
隣でラウルも目をぱちぱちさせながら必死に追いかけている。
ジャックはひとつ咳払いし、説明を一時中断した。
「そうか。よし、じゃあここは……お絵描きタイムにしよう」
「え?」
「マジ?」
ジャックは軽く笑いながら、空中の図面を再構成する。ホログラムがパッと崩れ、次に現れたのは――
ぐるぐる配管風のドーム型結界図……に、なぜかにっこり顔マークがついている。
「こっちがメイン塔さん。ここがサブ塔くん。で、ドームくんがこうしてばあっと開く。ね、簡単だろ?」
「……さっきより、ちょっとだけわかった気がする」
「メイン塔さん、かわいいね!」
うんうん、とリリィとラウルは頷くが――
《アリス通信:そろそろ真面目に補足してもいい?》
『どうぞ、AI先生。』
「蓄魔水晶の交換機構は、改良の余地ありね。現状の仕様だと、遠隔展開の際に魔力伝達に遅延が出てる。
それと、フィードバックループの安定化処理。そこも後で調整しましょ」
『……君が講義したほうが早いかもしれない』
「それだと子どもたちの脳が破裂するわ」
ジャックは苦笑しながら、再び講義を続けた。
「さて。もし君たちがこの研究所の一員になったら、どんな改良をする?」
「うーん……もっと小さくできたら、かっこいい!」
「ぼくは……動くようにしたい! こう、びょーんって展開するの!」
ラウルが手をばたばた動かしながら、独自の妄想設計を披露する。
その動きは奇抜だが、ホログラムの構造のツボは押さえていて、妙に説得力があった。
ジャックはふっと目を細める。
(まだ七歳。だが――教える価値はある。手放すには、惜しい)
「ラウルの初期魔力量と解析能力は、あなたに近い。
訓練次第で、将来この村の中枢を担う人材になれるわ」
アリスの声が、静かに脳内に響く。
その口調には、珍しく“希望”の温度があった。
「魔法学校に行ってから、ここに配属されるか?」
と、軽口のつもりで言ったジャックに――
「見捨てないでね!」
「絶対帰ってくるから!」
と、即座に涙目で返されたのは少し予想外だった。
思わずジャックは「冗談だって」と頭をかく。
(……やれやれ。愛されてるな、俺)
教えるのも、任せるのも、簡単じゃない。
だが、そばに置いて育てるという選択肢――
それが、彼らの未来を支える礎になると、今は思える。
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──“……さて、観測終了。講義は無事完了、ということで”──
ねえ、あなたなら、こんな小さな研究者たちに何を教える?
知識? 情熱? それとも、信じる力?
答えなんて、きっと一つじゃない。
でもね、未来を託せると思ったとき――
それが、たぶん“先生になる”ってことなんだと思うの。
次回、
**「第64話:アイザックの報告書とヴェルトラ再編」**
……堅物少年が、意外な一手を打つ!? 乞うご期待!




