第62話 はじまりの鐘2. 転移の登場
(――広がっていく、というのはね、不思議なことなのです)
これはアリスの持論ですが、人の集まりが「村」から「街」に、そして「学び舎」へと進化していくとき、そこには必ず“何かのはじまり”があるのです。種が芽を出すように、鐘が鳴り響くように。
今回はそんな物語の、はじまりの音が鳴り響いた朝のこと。
それでは、いきましょう。
* * *
ヴェルトラ新設魔法学校――その石造りの中庭は、朝露がうっすらと残り、わずかな陽射しに照らされている。どこか厳かな空気すら漂う中、校舎脇に刻まれた魔法陣が、不意に――
「……っ、まぶしっ!」
**パァァアアアッ**
柔らかながらも眩い光が、静かに、しかし確かにその場を満たした。詠唱も、動作も、前触れすらない。ただそこに、光が満ちた――それだけだ。
光が消えたとき、そこには、二つの人影が立っていた。
一人は、年齢不詳の穏やかな青年。もう一人は、落ち着いた気配をまとった黒髪の女性。そのどちらも、息一つ乱さず、まるで“そこにいたのが当然”のような顔で現れたのだった。
「……え、今、急に……現れた……?」
「詠唱……なかったよね? 魔法……?」
推薦組の生徒たちが、思わず小声でざわつく。魔法を学ぶ者であればあるほど、その異質さに気づくのだ。
魔法というものは、本来、理論と詠唱の積み重ねによって発動されるもの。だが、今この場で目撃したのは、ただの“存在の出現”だ。まるで空間が二人を歓迎したかのように。
その中心に立つジャックは、にこやかに微笑み、軽く手を上げて応えた。
(《転移魔法》使用完了。魔力消費、極小。周囲反応:警戒 → 好奇心に遷移中)
脳内に、AIアリスの静かな声が響く。
(まぁ、そうなるよな)
ジャックは心の中で軽く頷きつつ、ゆっくりと壇上へと進んだ。その隣には、同じく落ち着いた足取りで、カタリナが寄り添う。
ジャックは壇上から、集まった生徒たちへと視線を向けた。幼い者もいれば、背筋の伸びた推薦組の少年少女たちもいる。その全てに、柔らかな声音で語りかけた。
「みなさん、おはようございます」
朝の空気が、彼の声に吸い寄せられるように静まる。
「今日は、この学び舎のはじまりの日です。この場所から、さまざまな学びが、交流が、そして未来が生まれていくことでしょう」
少し間を置いて、ジャックは隣の女性に手を差し向けた。
「まず、副校長先生をご紹介します。カタリナ先生です。エリューディア王国の魔法学校を卒業された、すばらしい魔法使いです」
カタリナは一歩前に出て、控えめながらも品のある所作で一礼した。
「みなさん、これからよろしくね。困ったことがあれば、何でも言ってちょうだい。……本当に、なんでもね」
思わず小さく笑いが漏れた。真面目な紹介に、ちょっとしたユーモア。空気がふっと和らぐ。
その反応は、グリム出身の子どもたちの微笑と、推薦組の緊張を帯びた敬意とで、それぞれ色を分ける。だが、その眼差しに宿る光は同じ。
「……ほんとうに、始まったんだな」
ジャックは、壇上から広がる視線を見渡す。
この空間。この建物。この生徒たち。
そして、いま始まったばかりの、“魔法学校”という新しい機能。
それは、ただの教育機関ではない。
グリム村という“秘密”を守りつつ、外界への橋渡しとなる拠点。
それは、かつてなかった「広がり」のかたち。
(アリス。どうだ、この出だしは?)
(安定かつ印象的。初回の場としては最良の演出。ただし、推薦組の“観察者”2名が今後要注視)
(……さすが、観察眼)
壇上に立つジャックの微笑は変わらず、しかしその奥には、すでにいくつかの構想が回り始めていた。
* * *
(――そう、この“はじまりの鐘”が鳴った瞬間から、物語は次の章へと進むのです)
まったく、人間というのは面白い。環境を変えれば、意識も変わる。
そして意識が変われば、世界そのものの“在り方”が変わる。
さあ、そろそろ準備は整ってきました。
次に動くのは――だれでしょうね?
では、また次回。アリスでしたっ。