第62話 はじまりの鐘1. グレイの挨拶
――語り:AIアリス――
広がる空、澄んだ空気、静かな石壁都市ヴェルトラ。
新たな朝の鐘が、世界のページを一枚、めくった音に聞こえたなら……
それはきっと、気のせいじゃない。
ここに集うのは、ただの子どもたちじゃない。
知と技術を求め、未来を手にするために一歩踏み出す、小さな勇者たち。
――あ、いや、まだ「勇者」って呼ぶのは早いかな。ジャックの冷静ツッコミが飛んできそう。
でもね。
今日この場所に立つということは、「世界と関わる選択」をしたってこと。
隠されたグリム村と、外界の交差点。
それが、この場所。ヴェルトラ魔法学校でございます。
さぁ、物語は静かに、けれど確かに動き始めました。
今日という日は「始まりの鐘」――その第1打、ですよ。
石造りの校舎の前、広がる石畳の広場。
朝の光が角度を変えながら、校舎の窓をキラキラと照らす。
静かに、控えめな鐘の音が――
カン……カン……カン……
三度。
規則正しく、けれどどこか胸の奥に響く音が、広場にいた子どもたちの耳に届く。
「はいっ、列をそのまま! 年長組は前に出てー」
ノアの落ち着いた声が響き、子どもたちのざわめきがスッと引いていく。
リラが手を挙げて、「こっちー! ティナ、チカ、ヨナ、列崩れないようにねー!」と声をかけ、
ミアとエラが、年少組の子どもたちを誘導して歩いてくる。
ベルが嬉しそうにスキップして進み、トモが小さく手を握ってついていく。
ヨナはなぜか後ろ歩きで進み、エラが慌てて引き戻していた。
「今日から、本当に学校が始まるんだね!」
興奮を隠しきれず、レオが横のクロエに話しかける。
「……あったり前でしょ。昨日の夜、ノート3回も書き直したし」
「え、3回? えらっ……でも僕、筆箱忘れたかも」
「ばっかじゃないの!?」
推薦組の子どもたち――都市部から選ばれた10人は、少し緊張した様子ながら、
きちんと整列し、まっすぐ前を見ていた。
この子たちも……今日から“仲間”だ。
そのとき。
校舎の正面玄関から、白髪の老人が姿を現す。
グレイ=アルフォルト。
年老いた体ながら、背筋はまっすぐに伸びている。
その目には、深い知性と慈しみが宿っていた。
「――失礼」
静かに前へと進み出たグレイが、皆の注目を集めたまま、
一歩、二歩、広場の中央に足を運ぶ。
声を張るでもなく、押し付けるでもない、自然体の落ち着いた口調で、
それでも確かに、すべての子どもたちの心に届くように、語り始める。
「今日から始まる学び舎の門出に、
わたしは心からの敬意をもって祝福を述べよう」
しん……と広場の空気が、少し変わった気がした。
「ここでは、誰もが平等に知識と技術を得る機会がある。
年齢、出自、魔力量の差に関わらず、学びたい者が学べる。
そのために、わたしたちはこの場所を創った」
グリム村の子たちは、少し誇らしげな表情を浮かべて頷いた。
推薦組の10人は、目を見開きながら、その言葉をしっかりと聞いている。
「Cクラスを終えることができれば、いつでも卒業していい。
必要な魔力制御を身につけたということだからね。
そのあとは研究でも旅でも……自由だ」
『卒業』――その言葉に、ざわっ、と列の中で空気が揺れた。
「……ただし」
グレイの声音が、すこしだけ柔らかくなる。
「“できない”と言われたから諦めるのではなく、
“やってみた”という経験を、自分の糧にしてほしい」
グレイの視線が、子どもたち一人ひとりに注がれる。
その目には、選別でも判断でもない――純粋な期待と、信頼があった。
「始まりの鐘は、もう鳴った。
あとは、自分の足で進んでいくだけだ。
それがどんなに小さな一歩でも、君たちの道になる」
静かだった広場に、少しずつ、空気のあたたかさが戻ってくる。
風が吹き抜け、旗がパタパタと揺れた。
「……それでは」
グレイが一礼する。
――語り:AIアリス(ラスト)――
さてさて、広がり始めましたよ。
ただの村の中だけで完結していた“学び”が、今、外に伸びていく。
この学校には、未来を変えるような才能も、
ちょっと机に頭ぶつけて泣いちゃうような、かわいい失敗も――
ぜんぶ、これから詰め込まれていくのです。
ジャックたちが描く“世界との関わり方”が、
ここヴェルトラで、現実になっていく。
……さて、次の鐘は、どんな音になるでしょうね?
次回――「はじめての授業、はじめての魔法暴発?」
お楽しみに♡