第58話 防御魔道具5. 導入提案
――《AIアリスの語り:導入提案の章より》――
ねえ、みなさん。
「守る魔法」って、どう思いますか?
攻撃魔法ほど華やかじゃないし、決定的な勝利を呼び込むわけでもない。だけど、あらゆる文明の出発点には、いつだって「守る」という発想があった。
今回の話は、そんな“防御”の魔法を、ある天才少年が真面目に、でもちょっとヘンな方法で検証し始めるお話。
……ああ、もちろん例によって、ツッコミどころは盛りだくさんですよ?
さて。魔法で街を守るなんて、無理だと誰が決めたのか。
未来へと続くその第一歩、そろそろ始めましょうか――
───
グリム村。倉庫裏の空き地。
地面には黒焦げの跡。あちこちに残骸らしき金属のかけら。そして風にふわりと舞う、すすけた布きれ。
「うーん……また吹き飛んだね、壁ごと」
ジャックはぽりぽりと頬をかいた。視線の先では、試作中の防御魔道具が、見事に爆散していた。
その隣で、ふーっと長い息を吐いたのは、グレイだった。
「出力は確かに悪くない。ただ……瞬間的に“閉じる”ことに全振りしすぎて、熱圧力の逃げ場がないな。蒸気釜のフタを無理やり溶接したようなもんだ」
「例えがマニアックすぎませんか、それ……」
「分からんか。いや、まあ分かるわけないな」
その会話の後ろで、ラウルが何やら器具を分解している。
ユリスとトムは、ノートを手に走り回って、データの記録中。
「ジャックー、熱量の記録、また限界突破してるー!」
「あと、魔力放出の瞬間波形、前回より鋭い! でも持続時間がゼロに近いー!」
「はいはい。分かった。そこ、爆心地の泥は踏まないようにねー」
思考の中で《アリス》がささやく。
『ジャック、数値的には“都市防衛向けの基礎ユニット”として、いけますよ。試作003号はコンパクトかつ即時展開可能。量産性も高め』
「その代わり、反応速度が極端に高すぎて、“誤爆”の危険がある。あと2秒遅れてたら、僕、帽子ごと消し飛んでたんだけど?」
『うーん、許容範囲です』
「うそつけ」
口ではそう言いつつ、ジャックは胸元のノートに手をやる。防御魔道具のコア設計、魔力分散率、外部検知反応のトリガー条件――。
まだ完璧じゃない。でも、確実に形になってきている。
そのとき。
グレイが静かに口を開いた。
「この技術、ヴェルトラの魔法ギルドに提案すべきだな」
空気が、ピンと張る。
「……え? まだ試作段階だし、何より“誤動作あり”って書かないと……」
「むしろ、それが良いんだ。ヴェルトラは今、防御系の魔法技術が圧倒的に不足している。市壁はあるが、局地的なゲリラ攻撃には弱い。魔獣は撃退できても、避難誘導すらままならんこともある。スタンピードの時のようにな」
「……そういえば、あの時、街の東門は防衛隊が持たなくて崩れかけたんでしたっけ」
「うむ。今なら“実験的導入”という名目で、ギルド側に受け入れられる可能性は高い。特に、君が提示するのであれば、なおさらな」
ジャックは苦笑した。
“君”が“グレイ”の顔をして提案するという意味だと、分かっているのに。
「じゃあ、導入するなら、まずは小規模から。たとえば……城門周辺だけに制限して、通行時間帯は起動停止。異常時のみ自動展開……そんな形で」
「なるほど。都市全体に広げるには、まだ基盤も制度も不十分だが……それなら、説得材料としては悪くない」
アイザックが、ぽんと手帳を閉じた。
「その前に、リスクの洗い出しは引き受けよう。設置候補地の構造データを集めて、動作条件を可視化しておく。テストが通れば、説得力も増す」
「うん、よろしくアイザック。僕の“怖いところ”を一番冷静に見つけてくれるの、君だから」
「褒め言葉と受け取っておこう」
空が、夕焼けに染まり始めていた。
オレンジ色の光が、焦げ跡だらけの地面にも、少しだけ温もりを残してゆく。
《アリス》の声が、思考の奥で響いた。
『“守る魔法”として、都市規模で運用可能な第一歩ですね。ジャック。これが通れば、グリム村という名は知られずに、外の世界を変えられる』
「――うん」
彼は静かにうなずいた。
この小さな村の片隅から、世界に防御の“選択肢”を届ける。
火ではなく、壁を。
奪う力ではなく、守るための知恵を。
───
――《AIアリスの語り:導入提案の章・ラスト》――
というわけで、防御魔道具くん、いよいよ都市デビューの可能性が見えてきました。
もちろん現状は「ちょっと頑張ると爆発するトラップ付き防壁」なんですが。
でもね、失敗って、“未来へのヒントの塊”なんですよ。
次回は、ギルドマスターに提案編?
それとも、グレイさんの演技力テスト?
さてさて、お楽しみに――♪




