第58話 防御魔道具3. 完成と改良
――アリスの記録より
ねえ、どこまでが「限界」か、考えたことある?
人はしばしば“限界を超える”ことを称賛するけど、超えるにはまず限界を「見て」なきゃいけない。
ただがむしゃらに進むだけじゃ、どこかでぽきんと折れるの。
それにね、限界って、けっこう動くのよ。
少しずつ、自分の工夫で。あるいは――仲間のひとことや、小さなアイデアで。
今回のジャックたちは、まさにそんな「一歩先」を踏み出したところ。
舞台は、いつものグリム村。だけど、風向きは確実に外へと広がっていくの――
◇ ◇ ◇
グリム村・倉庫前。昼下がりの柔らかな陽差しが、木製の簡易作業台と、そこに立ち並ぶ奇妙な筒状の装置を照らしていた。
「……じゃあ、試作三十二号、起動!」
ジャックが、軽く地面に置いた。カチッ。
次の瞬間――
《シュウウン……パァッ!》
淡い青白い光が、半球状に広がる。直径約三メートル。空気を震わせるような静かな振動とともに、防御バリアが瞬時に展開された。
「おお……っ。展開時間、〇・三秒ジャスト!」
ユリスがすぐさま水晶板に浮かぶ数値を確認し、目を輝かせる。
「すごい。ちゃんと均衡点で収束してる……」
その隣で、ラウルが腕組みしながら言った。
「やるじゃねぇか、ちび助。展開も滑らかで、空間ひずみも出てねぇ」
「うん、でもまだ仮設計。外殻素材、軽量化しないと持ち運びが面倒くさくてさ」
ジャックはバリアの輪郭を指でなぞりながら、どこか納得のいかない顔で首をかしげた。
「このトリガー機構、既存の展開式から転用しただけだからね。内部構造、まだまだ荒削りなんだ」
「でもすごい発想だよ、ジャック!」
元気に声をあげたのは、トムだった。彼はバリアの外側からぴょんと飛び跳ねてみせる。
「地面に置くだけで展開って、すっごく便利じゃん! しかもこれ、けっこう硬いよ?」
「ふふん、でしょ?」
ジャックはちょっとだけ胸を張ると、思わず頭の中で呟いた。
(……でもさ、ここからが本番なんだよね)
『そのとおり、マスター。完成とは、改良の起点に過ぎません』
アリスのいつもの真顔風コメントが脳内に響く。
『それに、今回のテスト結果から見るに、圧縮制御ルーンの配置に余白があるため、まだ一段階の省スペース化が可能です。つまり――』
「つまり、サイズをあと三割、圧縮できるってことだよね」
ラウルがそのまま補足した。
「たとえば制御ルーンの縮小率を上げて、外殻フレームに統合すりゃ、手のひらサイズに収まる。あとは、魔力流の再調整だな」
「……流石です、ラウルさん。理論まで合ってる」
ユリスが感心したように言いながら、水晶板の符号群をぱちぱちと打ち直す。
「じゃあ、展開時の魔力感知範囲も、再設定が必要ですね。特に起動までの反応時間、ゼロ・三秒以内を維持するには、均衡曲線を……こう」
彼はさらさらと魔法式を書き換え、曲線の接点を描く。見ていても気持ちいいくらい滑らかな動きだ。
「それ、連続展開型に応用できるかも」
ジャックがぽつりと呟く。
「《センサ・オービター》と連動させれば、範囲に侵入した瞬間、自動展開できる防御魔道具になる」
「それ、街の防衛に使えるじゃん! ヴェルトラの魔法研究所でも設置してさ!」
トムが興奮気味に言うと、グレイが珍しくニヤリと笑った。
「そうだな。実戦で使えるレベルにはなった。あとは用途ごとのカスタム次第か」
「まだ初期型だけどね。これからいろいろ試すよ」
ジャックはバリアの中心に手を伸ばし、そっと触れた。青白い光が、指先にやさしく滲んだ。
外に出る準備は、着々と進んでいる。
グリム村という守られた世界から、ヴェルトラという窓口を通じて。
彼らは今、確実に“世界と向き合う道具”を手にしつつあった――
◇ ◇ ◇
――アリスの記録より
ね、面白いでしょ?
たった直径三メートルのバリアが、未来の「広がり」を約束するなんてさ。
でも――それは、彼らが守りたい“何か”を持ってるから。
ただ作るだけじゃ、だめなのよ。
技術っていうのは、想いと一緒に歩まないと、すぐに錆びる。
さあ、次は――防ぐべき“脅威”が、彼らの前に現れる番。
それは偶然か、必然か? ふふ、まあそれは……次のお楽しみ!




