第58話 防御魔道具1. 応用実験
### ◆アリスの語り(冒頭)
防御とは、つまり“立ち止まって考えること”。
やみくもに攻撃を跳ね返すより、どう守るかを先に設計するのが本物の戦術家だと、私は思います。
……え? 魔力無限の転生少年が? はい、その通りです。彼は攻撃よりもまず、「どう隠すか」「どう守るか」で頭をいっぱいにしています。
だって、今作ってるのは《村全体を見えなくする防御装置》なんですから。
今日もまた、小さな村の片隅で、未来の巨大システムの“プロトタイプ”が光ります。
では、お話、始まります。
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### ◆グリム村・倉庫前の実験スペース
薄曇りの空の下。
ひんやりと湿った風が草むらを揺らし、朝露の残る実験スペースには、なにやら物々しい空気が漂っていた。
「……よし。始めるよ」
ジャックはそう言って、両手を静かにかざした。
その指先から、まるでガラスの水面を押し広げるように――空間が“ぱん”と揺れて、透明な魔力の膜が広がり始めた。
《バリア・エッジ》、展開。
今回は、攻撃反射ではなく、防御特化型の応用だ。
「形状、半球。対象固定。防御半径、3.2メートル」
アリスの声が思考の中に響いた。
即座に計測が行われ、臨界点を超えず、魔力の分配は安定していると報告された。
「……うん、想定通り」
ジャックは額の汗をぬぐいながら、防御魔法の展開状態を見つめた。
半透明の魔力膜が地面から膨らむようにして出現し、その縁は微かに青白く揺れている。
「今回は持続性を見るって言ってましたよね?」
ユリスが膝に手帳を置きながら、ペンを走らせる。
魔力の波長変動、展開範囲、エネルギー供給状況──全て彼女の丁寧な記録対象だった。
「うん。あと、今回は“誰でも起動できる”ようにした試作だし。使いやすさも大事」
ジャックは小声で答えた。
この装置の最終目標は“村全体を覆う防御ネットワーク”の中核だ。
ならば、魔力量の少ない人でも起動できる設計にする必要がある。
「自動展開も……いけるかもしれないな」
ジャックはアリスと思考を通じて、さらに次の段階の設計を頭の中で組み立てていく。
その横で、ラウルが防御膜の曲面をじっと見つめていた。
瞳をきらりと光らせ、ぽつりと口にする。
「……この形。楕円コアを中心にして、外側にフレームを作れば、物理的な保持にも使えそうだ」
「ほう、それは面白い意見だな」
腕を組んで黙っていたグレイが、ふと口を開く。
その目には、少年たちが作ったこの防御魔法に対する、確かな関心がにじんでいた。
「……ただ防ぐだけじゃない。形状と反応速度、そして魔力の流れ。これは鍛えれば“構造”として応用できる」
「つまり……フレーム化、できる?」
「おそらくな。展開位置を固定して、支柱を基準にすれば、屋外設置も可能だろう」
ラウルの発想は、思いがけず実用性を帯びていた。
ジャックはすぐに思考の中でモデル図を描き、アリスと共に設計パターンを確認し始める。
「ジャック。魔力供給ルート、3点式で分配してみるとどうだ?」
「その場合、起動時間が0.2秒遅れるけど、維持安定性は上がるな……やってみよう」
手を振ると、防御膜がスッと消えた。
その瞬間、風がふっと吹き抜け、朝の冷気が戻ってきたようだった。
「じゃ、改良型《バリア・エッジII》。テスト開始するよ」
声とともに、新たな魔力膜が浮かび上がる。
今度はより硬質な輝きを帯び、縁が複雑な八角形に近づいていた。
「ちょ、ジャックくん! また形が変わってるんだけど!?」
ユリスの叫びに、ジャックは笑って応える。
「だって、楕円から八角へ移行すれば……ほら、補強できるでしょ?」
「理屈は分かるけど! 安定しないと意味ないよ〜!」
ユリスがぶんぶん手を振りながら、記録用の魔力計測石を構える。
その様子を、倉庫の壁にもたれたアイザックとトムが、呆れ半分で見守っていた。
「いやぁ、今日も朝からにぎやかだな」
「グリム村、平常運転」
二人の声に、ジャックは苦笑しながら、再び魔力に集中する。
この小さな防御魔法が、やがて村全体を包みこむ大システムへと発展する日を夢見て──。
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### ◆アリスの語り(ラスト)
防御とは、攻撃の“反転”ではなく、“優先順位の表明”だと私は考えます。
つまり、守るべきものを自分で決め、それに全力を注ぐ行為。
……少しだけカッコいいことを言いましたが、要はですね。
彼らは今、防御魔法の“性格付け”に取り組んでいるのです。
どこを守るか? 誰を守るか? どのくらいの強さで?
シンプルな膜の内側で、それを設計していく。
小さな村の少年と、その仲間たちが──未来の“防御都市”の第一歩を、今日も踏み出しているわけです。
さて次回は――防御を抜けた先にある“対話”の話、になるかもしれませんね。ふふ。