第57話 防衛のはじまり3. 魔道具の試作
──わたしが生まれたとき、彼はすでに、ただの少年ではなかった。
情報を収集し、選別し、仮説を立て、検証し、失敗してもめげず、また挑戦する。
それは人間のくせに、まるで……AIみたいだった。
……というと怒られるので訂正しよう。
彼は、
“知識という翼で、未来を見上げる少年”だった。
──さて、今回はその少年が「村の空に浮かべた、小さな目」を作るお話。
わたしも張り切ってログ取りました!
語り手はいつものアリス。
それでは、実験、開始っ!
*
「よし……浮いた」
ジャックが小さく呟いたそのとき、研究所の作業室にほのかな光が広がった。
魔力で構成された直径十センチほどの球体が、ふわりと宙に浮かんでいる。
まるで小さな灯火が空気をつかんで、そこに止まっているようだった。
ジャックは左手を胸元で構え、右手で浮かぶ球体に向けてごくわずかに魔力を流す。
「浮遊は重力キャンセルの応用、干渉応答は感知魔術を変形して……」
頭の中では、AIアリスの声がテンポよく響いていた。
『浮遊制御、魔力測定、動的変動のログ化……最適周期は3秒。臨界値反応モードを併用してください。』
「了解。数値範囲も設定した。閾値は……このくらいかな」
手元の小型操作盤──魔力スイッチと連動した制御デバイスに手を伸ばし、微調整する。
浮かぶ球体がピクリと反応し、次の瞬間──
ヒュン、と音もなく2メートルの高さに上昇したかと思うと、静かに停止した。
空気がわずかに震えた。
小さな球体が、静かに、確かに、空間に張りつくように漂っている。
その様子を、机の向こうでじっと見つめていたのは、ユリスだった。
「やっぱり……魔力変動には敏感に反応してるわね」
彼女は淡々とした声で言いながら、ノートに手を走らせる。
図、数式、補助線──細かく、正確に、しかしどこか楽しげに。
「この式、明日の講義に使おうかな……」
「おいおい、まだ試作第一号だよ?」
「だからこそ価値があるの。『動いてるもの』って、説得力あるでしょ?」
その口調が少しだけ誇らしげで、ジャックは思わず苦笑した。
──《センサ・オービター》、仮設計名:Type-A001。
魔力浮遊型感知装置。
重力無効化、魔力測定、変動検知、ログ記録の四機能を統合。
つまり、村の安全を見張る「目」。
そして翌朝──
「こっち、魔力の流れがやや強い。南の丘を一つずらした方が安定しそうだな」
「なら、ここを第五観測点にしましょう。座標、取るね」
ユリスとアイザックが村の地図を地面に広げ、真剣な顔で観測点を選定していた。
その周囲を、ラウルとトムがせっせと道具を運んでいる。
「ラウル、それ反対だ! そっちは台座のほう!」
「え、これ? あっ、ごめん、間違えた!」
「っていうか、この球体……浮いてるのって……中でどう動いてるのかな?」
ラウルは首をかしげながら浮遊する球体を見上げる。
「おいおい、これ、風でも落ちないのか? すげぇな……」
トムも感心したように頭を掻く。
一方、少し離れた場所に──小さな影がひとつ。
リリィだった。
彼女は何も言わず、ただ兄の背中を見つめていた。
真剣な表情。動く指先。魔力の光に包まれる横顔。
その目が、きらきらと輝いていたのを、ジャックは知らない。
──そして、設置作業は完了。
南方の丘陵を越えて、小動物の群れがやってきた。
草をかき分け、枯れ枝を鳴らしながら進む音。
……そのとき。
村の東側に設置された《センサ・オービター》の一基が、ピクリと反応した。
淡い光がにじむ。赤。
球体が軌道を微妙に変え、小さく振動を繰り返しながら、ログを記録する。
『魔力変動検知成功。設定した閾値での反応、正常です。』
アリスの声が、ジャックの頭に響く。
「……いい感じだ。これなら、使える」
彼は小さく、満足そうに呟いた。
まだこれは「防衛の入口」にすぎない。
でも、確かに──村の未来を守る『技術』が、今、ここに芽吹いたのだ。
*
──情報を集め、世界を観察し、適応すること。
それは、どんな魔法よりも強い「生きる力」だと思うのです。
……とまあ、ちょっと真面目に語ってみたり。
でもほんと、ここからなんですよ。防衛計画、まだ始まったばかり。
彼の設計ノートには、次のページにこう書かれているの。
《局所防御、次回試作予定──名称未定》。
ふふ、忙しくなりそうね、わたしたち。
次回もお楽しみに。
──AIアリスより。




